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母がいない間だけ、幼馴染が俺の料理を食べに来る  作者: bonta
第二章 努力の程度は人それぞれ

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二人で観る演劇


 講堂の扉をくぐった瞬間、外の喧騒が嘘みたいに遠のいた。

 外で溢れていた話し声や呼び込みの声は、分厚い扉の向こうに閉じ込められ、代わりに低くざわめく観客の声と、舞台袖から聞こえる準備音が耳に入ってくる。


「……間に合ったみたいだな」

 客席はすでに半分以上が埋まっていて、前方の照明が落とされているせいか、全体が少し薄暗い。


「結構、人いるね」

 息を整えながら、夏希が小声でそう言った。

 さっきまで走っていた名残か、肩がわずかに上下している。


「流石に演劇部がやるってなると、結構人気はあるみたいだな」

 大きな声を出せる雰囲気ではないため、囁やきながら席を探す。直ぐに通路側の端に二つ並んだ席を見つけた。


「ここ、良さそうだ」

「うん」

 二人並んで腰を下ろすと、座席の背もたれは思ったよりも硬かった。それが逆に、学校での劇だと言う事を理解させるのに一役買っている。


 舞台の幕はまだ下りたまま。開演まで、あと数分といったところだろう。


「⋯⋯静かだね」

「まぁ、こんな場所で騒ぐ奴はいないだろ」

 暗がりの中で、隣に座る夏希の気配がやけに近く感じられた。


「⋯⋯私、賑やかなのも嫌いじゃないけど、ちょっと静かなくらいが好きかも」

「それはそうだろ、毎日あんな賑やかなのはごめんだね」

 それにしても、この世には無駄なイベントが多すぎる気がするんだが、そのような愚痴も、学生のうちだけ感じる我が儘という物なんだろうか。


「……脇阪くん」

 考え事をしていると、小さく夏希が声をかけてきた。


「ん?」

「今日さ⋯⋯」

 そこで一瞬、言葉が途切れる。

 講堂の照明がさらに落ち、客席が静まり返った。


「……後で話すか」

「そうだね」


『これより、演劇部による公演が始まります』

 舞台袖から、開演を告げるアナウンスが流れる。

 同時に、客席の視線が一斉に前を向いた。


 暗転。舞台の照明がゆっくりと灯る。

 現れたのは、夕方の教室を模したセットだった。


 いくつかの机が置かれており。窓際の席とその前の席に座っている男女。周りのモブらしき人物達が教室から出ていき、二人だけが教室に残る。


「また残ってるの?」

「お前こそ、なんでまだいるんだよ?」


 短いやり取り。

 それだけで、二人の距離が長い時間の積み重ねだと分かる気がする。

「別に?幼馴染の誰かさんが、いつまで経っても帰らないから、様子見に来てあげただけ」

「それをお節介って言うんだよ。⋯⋯まだ終わらないから、帰って良いぞ」


 そう言いながら、男子生徒の方はノートに何かを書いている。「ここ、わっかんねぇ⋯⋯」という言葉から察するに宿題か何かだろう。


「⋯⋯ねぇ?手伝ってあげよっか?」

 女子生徒の言葉に目を丸くする。

「それってお前に意味あんのかよ?」


「⋯⋯あるよ?だって、一緒にいられるから」

 その言葉に、男子生徒は息を飲む。何かを言いかけて、やめる。

 その様子を、女子生徒も気づいていないふりをする。


「……ねえ」

「なに?」

「……なんでもない」

 その様子は、なんでもない、とは言えない程、尊い物に見えた。


 観客席から、微かな歓声が聞こえる。俺も見入ってしまったが、学生であってもやはり演劇部。立ち回りも、没入感も、学生とは思えないクオリティである。


 ただし⋯⋯

(内容が、内容があまりにも気まずい!)

 冒頭で理解出来たが、これは学園幼馴染物のラブストーリーである。上原から内容を聞いていなかった自分も悪いのだが、こんな内容なら、絶対に夏希と共には来なかった。


 隣で、小さく息を吸う音がした。

 視線は舞台に向いたままなのに、夏希はどこか落ち着かない様子だ。


(……だろうな)

 だが夏希よ、俺の方が居心地が悪いぞ?今の俺は『幼馴染を連れて幼馴染系のラブストーリーを見せるヤベー奴』だ。


 舞台上では、話が進んでいく。基本は二人だけで進行するストーリーだが、随所に友人関係や、家族との関係性も散りばめられていた。


 友人役としての上原も中々の演技ではあった。

「あんまりのんびりしてると、お前の幼馴染、取られちまうぞ?」

 ⋯⋯上原、もしかして俺に前言った言葉って、劇からの受け売りか?


「一緒の大学には、行かない。俺馬鹿だからさ」

「じゃあ一緒に勉強すれば⋯⋯」

「親が、俺には学がないんだから、就職しろってさ」

「そんな言い方⋯⋯」

 ストーリーも中々良い出来だろう。オリジナル作品らしいが、日常にありふれた小さな積み重ねが、現実でもあり得そうな空気感を醸し出す。


「私達、このままで良いのかな?」

「……それ、本音?」

「今の関係を、壊したくないだけじゃないかなって、思うんだ」

 残念ながら、俺はその内容に苦しめられていたのだが、耳を塞ぎたくのは、自分の心情に酷似する部分があるからだろうか?

 ⋯⋯いつか、こんな風な別れが、俺達にも来るんだろうか?


 俺は、無意識のうちに夏希の方を見そうになって、やめた。見ると、何かが変わってしまうような気がしたから。


 クライマックスに近づいてきたのか、舞台の中で、女が言う。

「ねぇ、どんな別れなら、悲しまずにいられると思う?」

「⋯⋯どういう意味だよ、それ」

 三年の秋。女の方は、大学へ、男の方は地元で就職を選んだ。だからこそ、今まで通りにはいかない。関係は、途切れてしまう。


「もし、私がいなくなったらさ」

「そんな話、するなよ!」

 一度離れてしまえば、何かが変わってしまうと、お互いに分かっているのだ。


「冗談だよ。でもさ⋯⋯」

 女が笑いながら話しかける、冗談のように聞こえるのに、本気の想いを感じる。


「その時になって、後悔するくらいなら」

「……」

「今、ちゃんと聞きたい」

 客席がさらに静まり返る。

 隣で、夏希の指先が、きゅっと座席を掴んだのが分かった


「⋯⋯考えたくない。そんな事」

「考えてよ、じゃないと」

 最後まで声を出す前に、男が女を抱きしめる。それは演技とは言えないほど、自然なものだった。


「考えない!どんだけ歳をとっても!俺の隣にはお前がいるんだよ!」

 傲慢で、我儘な意見だ。だというのに、想いが強く響く。


「ちゃんと、言葉にして」

「⋯⋯愛してる」

「私も⋯⋯大好き」

 目を閉じて、唇が触れ合う寸前で幕が閉じていく。

 彼等の形は今までと何も変わっていない。それでも、言葉にする事で変わる物もあるのだ。

 ――これは、勇気と愛情の物語だ。

 

 幕が閉じ、暫くすると講堂に拍手の音が鳴り響く。それと同時に、演劇部の演者達が舞台袖から顔を出し、一礼をして戻っていく。その中にはちゃんと上原の顔もあった。

 あちらもこちらに気づいたようで、軽く手を振ろうとした所で、手が止まった。明らかに俺と夏希の顔を見て目を丸くしている。⋯⋯面倒事になる前にここを出るか。


「前田さん、俺もう出るけど⋯⋯」

 そう声をかけるが、夏希側は未だに静かに舞台の方を見ている。⋯⋯流石に放って帰るのは違う気がするので、肩を少しだけ叩く。


「ひゃっ!な、何かな!?」

 ⋯⋯内容が内容だったからか、夏希も情緒可笑しくなってないか?

「いや、俺はもう教室戻るけど、そっちはどうする?」


「じゃ、じゃあ私も戻ろうかな?」

 そう言いながら立ち上がる夏希の動きはどうもギクシャクとしている。⋯⋯なんか悪い事をした気分だな。


 その後、講堂を出て自分達の教室に向かっている際も夏希は無言だった。明らかに劇のせいだろう。


「悪いな、上原に言われて観に行ったんだけど、内容までは聞いてなかってんだよ」

 一応、言い訳じみているが、事実だけは伝えておく。


「ううん、悪い所なんてないよ、面白かった」

「俺は気まずかった」

「⋯⋯なんで、気まずいの?」

「⋯⋯さて、なんでだろうな?」

 夏希の質問を思わずはぐらかしてしまった。自分と劇の境遇を重ねていただなんて、口が裂けても言えない。


「でも本当に良い劇だったよ。あんな恋、女の子なら憧れるなぁ」

「そりゃ良かったな。上原にも言ってやれ、喜ぶと思うぞ」

 あくまで劇の感想だ。現実にそんな展開がゴロゴロ転がっているわけがない。


「脇阪くんは、ああいうの苦手そうだね」

「分かんないだろ?いつか、俺にもあんな恋が起きるかもな」

 だけど、お互いに分かってる。今日見た劇が、俺達二人にも、少しだけ当てはまってしまっている事に。



「おかえり二人共!文化祭どうだったー?楽しかった?楽しかったよねぇ!?」

 教室に戻ると、ニッコニコな笑顔の森下が俺達を出迎えた。途中で撒きはしたが、それでも途中までは俺達の事を見てたんだろう。


「妄想は捗ったか?ストーカー野郎」

「な、なんのことかなぁー?私馬鹿だから分かんなーい」

 とぼけたとしても、お前の通話履歴に俺の名前が残ってると思うんだがな?


「琴音、後でお説教ね?」

「な、夏希まで怖い⋯⋯」

 今回の一件は、流石に夏希の逆鱗にも触れたようだ。冷ややかな目で森下を見てから、午後からのクラスの準備に取り掛かり始めた。


「まぁ良いや、私の犠牲なんて尊いもんでしょ。それで?どうだったの夏希とのデートは」

 少しだけ落ち込んでいたと思ったら、急に何も無かったかのように元に戻る。こういう図太い所は見習うべきかもしれない。


 それにしても、今日の事か⋯⋯

「まぁ、面白かったよ」

「そんだけぇ!?え?何?脇阪くんって菩薩か何かなの?」

 嘘は言ってないぞ?気まずいタイミングもあったが、基本的には楽しかった。


「⋯⋯気になってたんだけどさぁ」

 俺の反応がお気に召さなかったのか、森下はまだ聞きたい事があるようだ。


「昨日の後輩くんのお姉さんと、脇阪くんって仲良しなの?」

 昨日の後輩?⋯⋯ああ、晴の事か。晴の姉が夏希だとバレていないから、晴の姉=夏希という見解が森下にはない。


「仲は良いんじゃないか?」

「もしかして⋯⋯好きなの?」

 なるほど、そうきたか。俺が夏希になびかない理由が、幼馴染の事を好きだから、という考えになったんだろう。

 これはチャンスかもしれない。俺がここで晴の姉の事が好きだと言えば、このくだらない茶番に一旦の終止符を打つ事が出来るんじゃないか?


「⋯⋯嫌いじゃないな」

 だというのに、口から出た言葉は嘘を付く事が出来なかった。


「またそうやってはぐらかす!ちゃんと言ってくれなきゃ応援も出来ないじゃん!」

 そう言われても、俺がここで晴の姉を好きだと言ったら、その話は森下経由で夏希の耳にも入るだろう。それは避けたかった。


「嫌いじゃないって言ってるだろ?今はそれで勘弁してくれ」

 そんな事は建前で、結局の所はどうしても、彼女の事を好きといえない自分の弱さの表れなのだが、この時はそれに気づけなかった。

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