お客様は神様じゃない
接客の手伝いとして、テーブルを拭き、中央に置かれたお茶の残量の確認も行っておく。
「君可愛いね。ねぇ、連絡先教えてよ」
片付けが一段落つきそうなタイミングで、隣からドラマとかでよくある、ありきたりなナンパ台詞が聞こえてきた。
「え、えっと困ります。お客様」
横目で見ると、夏希が困惑した表情で、随分と軽そうな客の相手をしている。
「困ります、だってさ!可愛い反応だね。良いじゃんか、減るもんじゃないでしょ?」
男がドン引きするような言動を繰り返す。⋯⋯もう少し動向を見守るべきか悩むな。
こんな事は夏希のような女子にとってはよくある事だろうし、断り方も慣れているかもしれない。内心は喜んでいる可能性だって⋯⋯
「それとお客じゃなくて、俺、この高校の先輩なんだけど、これなら仲良く出来るかな?」
(⋯⋯それはただの脅しだろ!)
「先輩」なんだから言う事を聞け、という風にしか聞こえない。
不愉快な男(先輩)の言動と共に、先程後輩の晴に言われた言葉を思い出す。
『姉ちゃんの事、支えてあげてよ』
その言葉を思い出した瞬間に、自然と夏希の男の間に立っていた。
「お客様、大変申し訳ないのですが、ここはそういうお店ではないので自重していただけますか?」
笑顔を見繕い先輩様に話しかける。背中越しに不安そうな夏希の雰囲気が伝わってくる。場合によっては少し口論になるかもしれないが、まあ大丈夫だろ。
「なんだよ、男には興味ないんだけど」
「すみません、私も貴方には全く興味ありませんので、お引き取りください」
駄目だった。もう少し優しい言い方がしたかったんだが、不愉快な気持ちにさせてきているのは向こうなのだから少しは許してほしい。
「なんだその態度、俺は客だぞ?」
さっきと言ってる事違いますよ、先輩?
「客じゃなくて先輩、なんだろ?後輩程度に威張らずに、少しは先輩らしく振る舞ってくださいよ」
「こいつ⋯⋯!」
煽るだけ煽って、教室が騒然となっている。一触即発、という感じだが、別に殴り合いの喧嘩をするつもりはない。
「おい、何やってる?」
どれだけ気楽に問題を解決できるか、だ。先程廊下を見た時に教師がいたのを確認していたので、対処は先生にお任せだ。
「せ、先生?いや、これはそこのコイツが⋯⋯」
「言い訳は向こうで聞く。さっさと立て」
そうして先輩一号は、教師にズルズルと引きずられていったのだった。
「いやぁ、スッキリしたな」
面倒な客がいなくなると、教室には先程までの賑やかさが徐々に戻っていく。
「大丈夫だったか?」
夏希の方を振り返ってみると、少し俯いていた。
「⋯⋯ごめん、私のせいで迷惑かけちゃって」
何に謝ってるんだ?相変わらず律儀な奴だな。
「今回の件は、こっちは悪くないだろ」
先輩がやらかしたのも、文化祭の熱に当てられたからだと思っておこう。
もしも他に問題があるのだとしたら⋯⋯
「責任があるとしたら、俺の方にもあるな。接客嫌がってたのに、無理矢理やらせたし」
顔が良いから、と理由をつけて接客をしてもらってるが、そんなもの結局の所は俺の勝手な都合だろう。
「そ、そんな事ないよ!私がやるって⋯⋯」
そう反論しようとする前に、手を軽くあげて夏希の言葉を遮る。
「こうやって謝ってくとキリがないだろ。どっちも悪い所はあるって事で打ち止めな」
「⋯⋯分かった」
夏希はどうにも腑に落ちない表情をしているが、今回の場において悪いのは先輩一号だけなんだから、俺達が謝り合うのも違うだろう。
「それと、謝るくらいなら、お礼を言って欲しいもんだね」
人間、謝られるより、感謝される方が嬉しいらしいしな。
「そうだよね、助けてくれてありがと。その⋯⋯心強かった」
少し言い淀みながらも、夏希が微笑みながら感謝の言葉を口にする。それだけで割って入る価値があっただろう。
「そりゃ良かった。また面倒そうな相手がいたら代わってやるからな?」
「脇阪くんだって、接客苦手な癖に」
「そんな事分からんだろ?案外向いてたりするかもな」
お互いに軽口を言い合えば、いつもの雰囲気に戻っていく。二人で話す時は、この空気が一番落ち着くのだと、改めて思うのだった。
「え?あの二人ってやっぱり⋯⋯」
「いや、あれは無自覚系だよ!俺は付き合う前が一番好きなんだ良いぞもっとやれ!」
残念ながら、繁忙の喧騒に紛れて、調理場から聞こえる声は耳に入らなかった。




