普段と違う幼馴染
「ワッキー!混ぜるのってこんくらい?」
文化祭前日、前日焼成という形で落ち着いたカステラをクラスで手分けして作っている。
「そうだな、もうちょい混ぜても良いな」
「へーい了解!」
分量だけあらかじめ測っておいて、材料を混ぜてもらい、焼き上げる。オーブンについては教師用のも含めて五台ある。順当に焼き上げれば余裕で間に合うだろう。
「脇阪くん!卵の殻入った!どうしよう!」
順当にいけば、だが。
「結構入ってるな。文化祭に出すのは辞めとこう」
「ごめんなさい⋯⋯」
何に謝ってるんだか、慣れない事を頼んでるんだから、ミスが出るのは当たり前だ。
「試食分って事で良いだろ?分量は一緒だから、これで味を見とこう」
むしろ丁度良かったよ。とフォローしておく。
「わ、私!次は失敗しないね!」
大袈裟に張り切っている女子を見て苦笑する。気合の入りすぎで失敗しなきゃ良いけどな。
「駄目だよ勘違いしちゃ、あれは天然のタラシだから」
「そうそう、というか脇阪くんって多分⋯⋯」
他の女子達も失敗した子を励ましているようだ。仲良い様で何よりだ。
「混ぜ終わったけど、もう焼いていいのー?」
違う班から声が上がる。やる事が多いな。
「ちょっと待ってくれ、泡切りする」
型に入った生地に、中にある気泡を潰すイメージで竹串を通す。
「意味あるのそれ?」
「案外あるな、やらなかった時は中の空洞が大きかった」
一度泡切りを行ってから、少しだけ焼いて取り出し、また泡切りを行ってオーブンに戻す。
「こんなもんかな」
本格的にやるならもっと手間をかけるべきだろうが。
「学生が作るものなんだから、ある程度は妥協しても良いだろ」
「既に結構手間だけどねー」
「まあ、一応菓子作りだしな。多少の手間はかかるもんなんだよ。焦げそうになったら上にアルミホイル被せてくれ」
そう言いながら、他の調理台の様子も見に行く。この作業を全体を通して何度かやっていくだけだ、多少面倒だが、やってやれない事はない。
「全部オーブンには入ったな」
全体の処理が終わる。一つのオーブンに二つ焼き上がるので、10個のカステラが焼き上がる計算だ。1つのカステラで5人前は取れる計算なので、一度に50人分焼き上がる事になるな。
「数の暴力ってすげー」
「言い方悪いぞワッキー」
一旦は焼き終わり、そんな軽口を叩いていたら。
「脇阪くん!!!」
結構な喧騒で、家庭科室に接客担当の女子が入ってきた。
「どう思う!?」
着物で。
「ああ、ちゃんと借りれたのか。良かった。似合ってるよ」
「あ、そう?茶道部の先生からは、接客用じゃないから袖とかちゃんと留めてって言われたよ」
着物には余り詳しくはないが、そこまで派手な柄でもなく、落ち着いたものに見える。接客用ではないから確かに袖が邪魔そうだし、動き辛くはありそうだな。
「って違う違う!私への感想じゃなくて!」
似合ってると言われて悪い気はしなかったようだが、大事なのはそこじゃなかったようで、廊下の方を指差す。
「夏希、どう思う!?」
家庭科室の外で、廊下に縮こまっている生物がいた。
「なんか小さくなってると思う」
何をやってるんだこの子は。
夏希も同じく着物を着ている様で、少し長めの髪を後ろで束ねている。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ちょっと恥ずかしいだけだから」
無理をさせているとは思ってたが、まさかクラスメイトに見せるだけでも恥ずかしいとは、少し無理強いしすぎたのかもしれない。
「どう、かな?」
そんな考えは彼女の立ち姿を見た瞬間に、一瞬で吹き飛んだ。
(⋯⋯綺麗だ)
髪をまとめて露わになったうなじと、淡い色の着物がやけに目に入る。見てはいけない物を見ているようで、目を逸らす。
「夏希は接客だって脇阪くんが言い出したんでしょ!夏希に似合ってるって言ってあげなよ!」
いや、なんかこれは、目に毒かもしれない。普段見ている夏希とのギャップが異常な気まずさを醸し出していた。
「⋯⋯良いと思うぞ、着物ってこんな雰囲気変わるんだな、廊下で客引きしたら人集めれそうだ」
平常心を装う。普段よりも少し距離を取らないと変なことを言いそうな気がする。
「はー⋯⋯脇阪くんってもしかしてヘタレ?仕方ない、夏希、写真撮ろう写真」
何かを諦めた顔で、夏希を連れて来た女子は教室の方に戻っていく。失礼な奴だな、夏希の事もちゃんと褒めたぞ、俺は。
そう思いながら、廊下から家庭科室に戻ろうとすると。不意に裾を引っ張られた。
「⋯⋯⋯」
後ろを振り向くと、やや不機嫌そうな顔で夏希が俺の事を見ている。
「なんだよ」
「⋯⋯褒めるなら、ちゃんと褒めてよ」
ドクン、と心臓が跳ねた気がした。また、目を逸らしてしまう。
「ちゃんと褒めてるつもりだけどな」
「⋯⋯もう、良い」
夏希が手を離し、教室へ戻ろうとする。それで良い。余計な事は言うもんじゃない。
「⋯⋯何?」
だと言うのに、離れて行こうとした夏希の袖を掴んでしまった。
「……綺麗だと思うよ。これでいいだろ」
後ろ姿だけで夏希の顔は見れない。顔を見ていないから、まだ言える精一杯の言葉。
「⋯⋯他の子みたいに、似合ってるって言ってくれるだけで、良かったんだけど」
夏希も振り向かない。今の彼女の表情は見れない。
「でも、ありがと。嬉しい」
顔をそらしてパタパタと接客班に戻る夏希の姿を、最後まで見送る事は出来なかった。
「どうしたの脇阪くん?」
「聞かないでくれ⋯⋯完全にやらかしただけだから⋯⋯」
その後は家庭科室に戻って項垂れた。「似合ってる」って言うだけで正解だったのかと、自身の馬鹿な選択に頭を抱えるのであった。




