炊飯器が空になるまでの相談
鯛めしを茶碗によそい、煮付け、焼き鯛、潮汁を並べる。野菜取れって親がうるさいので、添え物としてほうれん草のお浸しもつけた。
家庭科室に、ふわりと魚の香りが広がった。
「いただきます」
夏希が手を合わせてから、ゆっくりと箸を動かす。
「すご……ちゃんと鯛の味がする」
夏希にとって鯛料理はあまり馴染みのない物だったのだろうか。煮付けと焼き魚にも口にして頬を緩ませている。
「あらだけでも案外料理になるもんだろ?汁物は鯛めしにかけると鯛茶漬けにもなるんだ」
潮汁はあっさりとした物で、味噌を溶いたあら汁の方が味は好みだが、最後の締めまで考えると、どちらを作るかは悩ましい問題である。
「これだけ食べれて……あの値段……」
想像しているのはおそらく昨日のスーパーの事だろう。会計はワンコインでお釣りが出た。
「やっぱり、私も自炊しようかな……」
「個人でやると高くつくらしいけどな」
惣菜コーナーを物色した方がよほど安く済むというよな。
「俺も結構助かってるよ、一人分だと手間な部分もあるし」
ちなみにだが、食事代は折半である。夏希は半分以上出したがっていたが、購入したレシートの値段を半額分出してもらう事で落ち着いた。
「そう?それなら良かった……かな?」
……口には出しづらいが、二人で食べた方が美味いからな。
そう心では思いながらも、さっき担任が残していった言葉が頭の片隅で引っかかっていて、味を確かめる余裕はあまりなかった。
この高校の文化祭は二日間ある。流石に中学の時と比べれば規模も大きくなるし、高校初めての文化祭とあって、クラスメイトが浮き足だっているのも伝わる。
「そんな初めての文化祭で、一人で出し物ねぇ……」
煮付けをつまみながら考える。……おお、味付けは我ながら上手くいってるな。
「えっと……文化祭の出し物だよね?結構困ってる?」
夏希が鯛めしをもう一度よそい、席に座る。
「そりゃあ困ってますよ。猫の手も借りたいね」
レシピ本みたいな物を作るかとも考えたが、昨今のネット社会では、料理なんて調べれば一発で出てしまう、価値は薄いだろう。
「じゃあ一緒に考えるよ。私、迷惑かけてばっかだし」
……迷惑なんてかけてない、と思ったが、何度も言うのは面倒だし、後を引きそうだ。
「そうか、じゃあまずは何をするのか決めよう」
ここは、流石に猫の手には勝てそうな、幼馴染の手を借りよう。
「簡単な物を作って売り出すのは?クッキーとか」
夏希は一般的な例を挙げてくれる。それも考えたんだが……
「クッキーなぁ……前田さん、クッキーってどうすれば美味くなると思う?」
「えっと、なんだろう……良い砂糖とか?」
それも大事だろうが、一番と言われれば多分違う。
「バターだよ、大量にぶち込めばとても美味しい」
百グラムも入れれば、市販品に匹敵するレベルの味になると思う。
「つまり高い。採算が取れない。どうせ何かするなら儲けが欲しい」
文化祭で販売する商品で、馬鹿高い値段で売り出したら売れないだろう。だがタダ同然で配るのは嫌だ。
「個人的にはクッキーなんて物は市販の物で良いと思ってる。安い、美味いだからな」
同じような理由でケーキもアウト。ケーキを本格的にやろうとするんだったら、買った方が味も含めると安かったりする。という持論がある。
「脇阪くんって何目指してるの……?」
こういう話をすると大体こう言われんだよなぁ。
「別に?普通の会社員だけど?」
自分でも不思議なくらい、その答えに迷いはなかった。
「え、料理人とかじゃないんだ」
ここら辺も同じ反応。料理人に失礼だろう。
「そんな真剣に努力してる人達と同じ扱いしてもらっても困るんだよ」
俺のは必要最低限の、いわば趣味みたいな物だから。
「⋯⋯努力、してないようには見えないけど」
夏希は腑に落ちない顔をしているが、事実だ。例えばクッキーやケーキだって、全力で没頭して作れば、もっと上手く作れるんだろう。だがそれが俺には出来ない。そこまでの熱を向ける事が出来ないのだ。
「話戻すけど、もうちょっと考えてみるわ、時間が経てば変わる事もあるだろ」
こんな風に考えてはいるが、最悪クッキーでも良いかもな。簡単な方ではあるし、一人でやる文化祭というならそれくらいで丁度良いだろう。
そう思いながら、炊飯器のジャーを開けた。
……一瞬、思考が止まる。
「……夏希さん?確認したい事があります」
振り返って夏希の顔をジッと睨む。三秒も経たない内に目を逸らした。自覚ありかコイツ。
「め、珍しいね名前呼びなんて!い、いつ以来……」
しどろもどろで、顔も赤い。話を逸らすな話を。
「ご飯がないんだけど」
炊飯器の中身が空である。俺は一杯しか食べてないから夏希さんは三杯は食べないと無くならないと思うんだ。
「…………美味しかったです」
「そんな事聞いてません!食いしん坊キャラ目指してんのか!?」
その後多少の説教をしたが、自分が作った料理を残さず食べてくれた喜びもあったので、なんともやりきれない気持ちになった。




