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今世では幸せになれなかった

作者: bob

辺りには爽やかな風が吹き抜け、雲ひとつない青空が広がっている。

それなのに、目の前の男の子はとても悲しそうな顔をしていた。


「あなた、誰?」


男の子は私の問いに答えず、目の前の石を見つめていた。

手には綺麗に咲き誇る大きな白い花が特徴的な花束が握られている。


それが、男の子と私の出会いだった。


男の子は定期的に花束を持って石の前にやってくる。

見かけるたびに私は声をかけ続けた。


「今日もいい天気ね」

「今日のお花も綺麗ね」

「天気が悪いのに今日も来たの?」


男の子は、まるで私の声が届かないかのように無視を続けた。


そんなある日――


「わぁ!今日のお花はとっても綺麗ね!名前はわからないけれど、私そのお花大好きよ!」


男の子が持っていた花束があまりにも美しく、思わず大きな声が出てしまった。

すると――


「ふふふ」


男の子が笑った。

嬉しくなった私は、つい話し続ける。


「あら?どうして笑うの? 綺麗に咲いたお花の努力は褒めてあげなくちゃ可哀想でしょ?」


「ふふふ。そうだね」


男の子は初めて私へ視線を移した。


「君に褒めてもらえて、この花も喜んでるよ」


そこから、男の子との交流が始まった。


「今日のお花もとっても綺麗ね!」


「ふふふ。これは百合って言うんだよ

 僕もこの花が大好きなんだ」


「貴方はどうしていつもここへ来るの?」


「…僕の決意が鈍らないようにするためだよ」


「?」


男の子との会話は理解できないこともあったけれど、面白い話もたくさんした。


「君は女神様の話って知ってる?」


「女神様?」


「そう。人は死んだら女神様に会うんだ。その時に女神様は1つ質問をするんだよ」


「何を聞かれるの?」


「“赦す”か“赦さない”か」


「?よくわからないわ! 喧嘩でもしたのかしら?」


「ふふふ。違うよ。人は誰でも嫌な経験があるでしょ? その相手を“赦す”か“赦さない”かを聞かれるんだ」


「ふーん。私にはわからないわ。貴方は女神様に聞かれたらどうするの?」


「僕は“赦さない”を選ぶよ」


「…そっか」


男の子と話すのは楽しかったけれど、踏み込んだ話をすることはなかった。

そうして、出会ってからたくさんの季節が巡った。


「まぁ!今日は薔薇ね! 前に教えてもらったから、すぐわかったわ!」


「ふふふ。正解」


「?今日は少し雰囲気が違うわね?」


同じ目線だった男の子も、いつの間にか見上げる背丈になっていた。

そんな男の子の表情が暗いような気がした。


「実は、これから忙しくなるんだ」


「そうなの? ここへも来れないぐらい??」


「うん」


「大丈夫?」


男の子の表情が、私の胸をざわつかせた。


「大丈夫だよ。そのために今までたくさん準備をしてきたんだ。その結果がもうすぐ出るんだよ」


「そうなの…。怪我だけはしないでね?」


「ありがとう」


その会話を最後に、男の子は去っていった。

引き止めればよかった――そう思った。


その日から、男の子は本当に来なくなった。

ふと、男の子がいつも見つめていた石が目に入る。

不安に耐えきれず、私は初めて、彼が見つめ続けていた石に近づいた。


石には何かが彫られている。


「シ…ンシ…ア?」


胸の奥に何かが引っかかっているような感覚がする。


「…シンシア…」


「シンシア…私の…名前?」


そうだ!私の名前――シンシア!!

その瞬間、全てを思い出した。


王族に生まれたこと。

両親を失ったこと。

そして、婚約者だった彼――アーロンのこと。


私はたぶん殺されたんだ。

叔父である王弟が、私の最期を見下ろして笑っていた。


『……ようやく、死んだか』


あの時、私はまだ10歳にも満たなかった。







蘇った記憶に呆然としていると、墓地の入り口に人影が見えた。

鎧を着たアーロンだ。傷だらけのようで、剣を杖代わりにゆっくりと私の墓標へ近づいた。


「やっと、やっと…シンシア、やっと君の仇がうてたよ」


そう言うや否や、彼は墓標に倒れ込む。


「アーロン!」


「ああ、シンシア。やっと僕の名前を呼んでくれた」


「お願い!こんなところで倒れたら…」


彼の傷は、私が見ても助かりそうにない。

私はアーロンに幸せになってほしかったのに…。


「…僕は君無しでは幸せになれなかった…」


ー君を殺した王弟が笑うたび、

ー王弟の娘が僕に愛を囁くたび、

ー心臓が握り潰されたように苦しかった…


「シンシア。最後に君と会えた奇跡だけが僕の救いだった。愛してるよ…」


そう言い残し、アーロンは静かに目を閉じた。

その顔は、笑っているのに泣いているようにも見えた。


「アーロン…。アーロン!!」


触れようと手を伸ばすも、彼に触れることはできなかった。







どのくらいアーロンのそばにいたのか…。

気が付けば辺りは真っ白の何もない空間になっていた。

目の前にいたアーロンも、私の墓標も見えない。


「?アーロン…?」


辺りを見回しても、誰もいない。


「シンシア」


…誰?


「選びなさい。赦しますか、赦しませんか」


女神様…?

「…ッ!お願いします!アーロンを助けてください!! 彼は優しい人なんです。私は好きにしていただいて構いませんから…!」


「それはできません」


「…彼は、アーロンはどうなったのですか?」


「教えることはできません」


「…赦さないとどうなるのですか?」


「罪を赦せば来世の命を、そうでなければ現世で永遠に彷徨う罰を」


…。


「シンシア、貴方はどうしますか?」


走馬灯のように、今まで会った人の顔が浮かぶ。

父上、母上の顔…

憎い叔父の顔…

愛しいアーロンの顔…


私は答えられなかった。

赦すことも、赦さないことも――選ぶには幼すぎた。








その日、国王は若き貴族に討たれた。

度重なる重税と、隣国との無意味な戦争。

悪政を敷く国王が討たれたことを、民は盛大に祝った。

そして英雄である若き貴族の訃報を悲しんだ。


月日は流れ、英雄の名前すら忘れられた頃。


小さな教会に二人の影があった。

夫となるアーロンは、妻となるシンシアを永遠に愛することを誓う。


「誓います」


妻となるシンシアも、深く息を吸い、心を込めて答える。


「誓います」


神聖な静寂の中、女神様の思し召しにより、二人は出会い再び結ばれたことが告げられる。


そして二人の唇がゆっくりと重なった。

あの時、幼すぎて選べなかった“赦すか赦さないか”の答えを、今、二人は心を合わせて選び直す。


――私たちは、やっと、幸せになれる。


風が教会の外を通り抜け、白い花びらが静かに舞い落ちる。



その光景の中で、二人の心は永遠に繋がっていた。

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