第8話 正しいこと
朝倉は、
自分が“いい人間”だとは思っていなかった。
優しくもないし、
立派でもない。
正義感が強いわけでもない。
ただ、
見過ごせないだけだ。
誰かが困っている状況を、
「仕方ない」で終わらせることが
できない。
それだけの性分だ。
だから、
この力は向いている。
そう、
思うようになっていた。
朝、
アプリを開く。
> 支払い内容:120分
二時間。
数字を見ても、
もう驚かない。
YES。
胸の奥が、
少しだけ軽くなる。
減っているはずなのに、
安心する。
それが、
正しい選択をした証拠のように
感じられた。
白石は、
完全に現場を回していた。
指示は的確で、
判断も早い。
周囲の評価も、
明らかに変わっている。
「白石さんに任せれば安心」
そんな声が、
自然に聞こえてくる。
朝倉は、
それを否定しなかった。
事実だからだ。
昼休み、
偶然、二人きりになる。
「最近、
忙しそうですね」
「ええ。
でも、
楽しいです」
白石は、
そう言って笑った。
以前の、
不安を隠す笑顔ではない。
自信が、
滲んでいる。
朝倉は、
少しだけ
目を伏せた。
――良かったな。
それが、
本音だった。
会話は、
それ以上続かなかった。
無理に繋ぎ止める必要はない。
白石は、
もう一人で立てる。
朝倉は、
その事実を
誇らしく思っていた。
午後、
別部署で
大きなトラブルが起きた。
本来なら、
連鎖的に
こちらにも影響が出る。
だが、
なぜか
朝倉の関わる部分だけ、
影響を受けなかった。
上からの判断。
偶然の調整。
誰かの善意。
理由は、
分からない。
だが結果として、
白石の担当案件は
守られた。
スマートフォンが震える。
> 支払い完了
返却:1200分
二時間が、
二十時間。
朝倉は、
その数字を見て、
はっきりと思った。
――これは、
――正しい。
自分が支払えば、
誰かの一日が守られる。
誰かの失敗が消える。
誰かの未来が、
少しだけ楽になる。
それなら、
自分が削れるのは
当然だ。
むしろ、
そうあるべきだ。
夜、
部屋で一人、
食事をする。
味は、
よく分からない。
だが、
空腹は満たされる。
アプリを開く。
> 次の支払いを、選択してください。
朝倉は、
迷わなかった。
YES。
理由を、
もう探さない。
これは、
善行だ。
正しいことだ。
誰も傷つかない。
誰も損をしない。
――自分を除いて。
その例外を、
朝倉は
自然なものとして
受け入れていた。
それが、
最も危険な地点だとも
知らずに。




