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第7話 それでも使う

朝倉は、

自分が気づいていることを、

否定しなくなっていた。


白石の調子が良くなっている理由。

自分の存在感が薄れている理由。

そして、その二つが

確かにつながっていること。


全部、分かっている。


分かったうえで、

アプリを開く。


> 支払いますか?




その文字は、

以前よりも

落ち着いて見えた。


恐怖はない。

ためらいも、

ほとんどない。


ただ、

確認に近い感情だけがある。


> 支払い内容:90分




増えたな、

と思う。


だが、

これまでの結果を考えれば、

高すぎるとは感じなかった。


白石は、

今日も忙しそうだった。


電話を受け、

判断し、

指示を出す。


以前なら、

朝倉を見てから

一呼吸置いていた場面だ。


今は、

迷いがない。


「白石さん、

 この件どうします?」


同僚に聞かれて、

即答する。


朝倉は、

少し離れた席で

それを見ていた。


――もう、

――俺が入る余地はないな。


それでも、

彼はYESを押す。


理由は、

単純だった。


白石が困る未来が、

嫌だった。


自分がどうなるかよりも、

そちらの方が

はるかに具体的に想像できた。


昼過ぎ、

小さなトラブルが起きる。


印刷スケジュールのズレ。

本来なら、

誰かが責められる類のミス。


だが、

白石は落ち着いて対応した。


「ここを入れ替えれば、

 間に合います」


誰も反論しない。


会議は、

あっさり終わった。


終わった後、

白石が

朝倉の方を見る。


一瞬だけ。


それは、

助けを求める視線ではなかった。


「ちゃんとできたよね?」

という確認。


朝倉は、

小さく頷いた。


それで十分だった。


スマートフォンが震える。


> 支払い完了

返却:900分




九十分が、

十五時間。


白石の一日が、

何事もなく

終わった対価。


朝倉は、

その数字を見て、

静かに納得した。


――安い。


そう思ってしまったことに、

少しだけ驚く。


以前なら、

怖がっていたはずだ。


帰り道、

白石が同僚と

駅まで一緒に歩く。


朝倉は、

少し遅れて

後ろを歩く。


声は届く。

会話も聞こえる。


だが、

そこに

自分の居場所はない。


それでも、

胸は痛まなかった。


むしろ、

整っている。


白石が前に進み、

自分は後ろに下がる。


それが、

正しい形だと

思えた。


夜、

部屋に戻る。


静かな部屋。


アプリを開く。


> 次の支払いを、選択してください。




朝倉は、

画面を見つめながら、

こう思った。


――これは、

――選択だ。


誰かに強制されたわけじゃない。

奪われているわけでもない。


自分で選んでいる。


だから、

問題はない。


そう結論づけて、

スマートフォンを伏せた。


それでも、

胸の奥で、

何かが

少しずつ削れている音がした。


だが朝倉は、

それを

“正しさの音”だと

信じることにした。


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