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第5話 ヒロイン

白石まどかは、

自分が要領のいい人間だとは思っていなかった。


編集アシスタントという仕事は、

表に出ない作業が多い。

確認、修正、調整。

誰かの判断を、

少しだけ楽にする役割。


向いているとは思う。

だが、

得意だと胸を張れるほどでもない。


だから、

今回の業務改善部とのやり取りも、

正直、不安だった。


専門用語が多く、

決断のスピードも早い。

置いていかれないように、

必死でメモを取る。


そんな中で、

朝倉だけは、

いつも少し違っていた。


説明が、

妙に噛み砕かれている。

質問する前に、

補足が入る。


「ここ、

 出版社側だと

 こういう解釈になりますよね」


言われた瞬間、

胸の奥が、

すっと軽くなる。


――分かってもらえている。


それは、

白石にとって、

思っていた以上に大きかった。


昼休み、

ビルの一階でコーヒーを買う。


砂糖は入れない。

それが、

自分なりの“ちゃんとしている”証拠だった。


偶然、

朝倉と並んだ。


「……いつも、

 ありがとうございます」


白石は、

少しだけ視線を落として言う。


「いえ」


朝倉は、

それ以上踏み込まない。


その距離感が、

ありがたかった。


近すぎると、

頼ってしまう。

遠すぎると、

不安になる。


朝倉は、

ちょうどいい場所にいた。


午後の会議で、

トラブルが起きた。


出版社側の上司が、

急に仕様変更を求めてきたのだ。


白石は、

一瞬、言葉に詰まる。


この判断は、

自分では下せない。


だが、

会議の空気は、

待ってくれない。


その時、

朝倉が口を開いた。


「その条件なら、

 この工程を

 一段階ずらせば対応できます」


即答だった。


白石は、

驚いて彼を見る。


その案は、

彼女の頭にもあった。

だが、

確信が持てなかった。


会議は、

そのまま収束した。


終わった後、

白石は深く息を吐く。


「……助かりました」


「問題なかったですよ」


朝倉は、

いつも通りの調子だった。


だが、

白石は気づいていなかった。


あの瞬間、

朝倉のスマートフォンには、

通知が表示されていたことを。


> 支払い内容:45分




会議中、

無意識にYESを押していた。


理由は、

説明できない。


ただ、

彼女が困る未来が、

はっきり見えた。


それだけだった。


その日の帰り、

白石は少しだけ足取りが軽かった。


上司に褒められ、

仕事も滞らなかった。


「今日は、

 うまくいったな」


そう思える日が、

久しぶりだった。


一方、

朝倉は、

帰りの電車で

妙な疲労を感じていた。


理由は、分からない。


ただ、

胸の奥が、

少し重い。


アプリを開く。


> 支払い完了

返却:450分




四十五分が、

七時間半。


白石の一日が、

驚くほどスムーズに進んだ理由が、

数字として突きつけられる。


朝倉は、

スマートフォンを閉じた。


――今のは、

――やりすぎたか?


だが、

後悔はなかった。


白石が、

安心していた。


それだけで、

十分だった。


その夜、

白石からメッセージが届く。


「今日、

 すごく助かりました。

 私、

 ちゃんとやれてますよね」


朝倉は、

しばらく画面を見つめてから、

短く返信した。


「大丈夫です」


それ以上は、

書かなかった。


彼女が

“自分で立っている”と

思える余地を、

残すために。


だがその選択が、

自分から

何かを削っていることに、

朝倉はまだ、

気づいていなかった。


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