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最終話(第14話) 返ってくるもの

男は、

ベンチに座っていた。


年齢は、

よく分からない。


背中は丸まり、

手はしわだらけで、

だが、

自分が老いているという

自覚だけが

なかった。


名前も、

思い出せない。


だが、

不思議と

焦りはない。


ここに

座っていることが、

自然だった。


通り過ぎる人々は、

男を避ける。


ぶつからない。

だが、

見ていない。


まるで、

最初から

そこにいないかのように。


男は、

空を見上げた。


夕焼けだった。


――きれいだ。


そう思った瞬間、

胸の奥が

わずかに

あたたかくなる。


理由は、

分からない。


ただ、

懐かしい。


その時、

手の中にある

古いスマートフォンが

震えた。


画面は、

ひび割れている。


だが、

通知は

はっきりと表示されていた。


> 支払いは完了しました

返却を開始します




男は、

その文字を

じっと見つめる。


「……返却?」


言葉が、

口から零れた。


画面が切り替わる。


> 返却内容:あなたの人生

返却方法:一括




理解は、

できなかった。


だが、

拒否しようとも

思わなかった。


どうせ、

もう

使っていない。


そう感じたからだ。


YES。


その瞬間、

世界が

反転した。



---


記憶が、

一気に

流れ込んでくる。


朝の満員電車。

評価されない仕事。

「まあいいか」という口癖。


白石まどか。

不安そうな顔。

安心した笑顔。

もう、こちらを見なくなった背中。


YESを押す指。

削れていく時間。

軽くなっていく自分。


そして――

消えていった夢。

呼ばれなくなった名前。

選択肢から外れた瞬間。


男は、

理解する。


ああ、

これは。


――返ってきたんだ。


時間も。

感情も。

名前も。

人生も。


ただし、

一度に。


体が、

軋む。


背骨が伸び、

皮膚が張り、

心臓が

激しく脈打つ。


老いは、

消えていく。


代わりに、

圧倒的な重さが

戻ってくる。


選択しなかった後悔。

言わなかった言葉。

届かなかった感情。


すべてが、

今の朝倉に

叩きつけられる。


「……っ」


膝をつく。


息が、

苦しい。


人生は、

軽くない。


支払っていたから

忘れていただけだ。


世界は、

何も変わっていない。


白石は、

別の場所で

生きている。


朝倉を

覚えているかどうかは、

分からない。


だが、

それでいい。


朝倉は、

ゆっくりと

立ち上がった。


スマートフォンを見る。


アプリは、

消えていた。


最初から

存在しなかったかのように。


だが、

胸の中に

確かなものがある。


重さ。

痛み。

後悔。

それでも、

自分の人生だという

実感。


夕焼けは、

まだきれいだった。


だが今度は、

逃げ場ではない。


朝倉は、

一歩、

踏み出す。


誰にも

求められていない。


だが、

自分は

ここにいる。


――支払ったものは、

――確かに

――十倍で返ってきた。


ただし、

利息込みで。


それを、

人生と呼ぶのだと、

朝倉は

ようやく理解した。



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