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第12話 透明

朝倉は、

自分が透明になったわけではないと

理解していた。


体はある。

影も落ちる。

触れれば、

物に触れる。


ただ、

認識されないだけだ。


朝、

オフィスに入る。


挨拶をする。


「おはようございます」


誰も、

返さない。


無視された、

という感覚とも違う。


聞こえていないのではない。

“朝倉がそこにいる”

という情報が、

処理されていない。


席に座る。


誰も、

何も言わない。


資料が配られる。

一部、

自分の前を素通りする。


「あ……」


配布係が、

一瞬だけ

戸惑った顔をする。


だが、

そのまま通り過ぎる。


朝倉は、

何も言わなかった。


言えば、

“説明”が必要になる。


なぜそこにいるのか。

なぜ存在しているのか。


そんなことを、

今さら説明できない。


白石は、

忙しそうに

会話をしていた。


以前なら、

視線が合っていた位置。


今は、

完全に

視界の外。


朝倉が立ち上がっても、

誰も反応しない。


ぶつかりそうになった

同僚が、

直前で

なぜか避ける。


理由はない。

本能的な回避。


そこに

“何か”があると

理解はしている。


それが

誰かだとは

分かっていない。


昼休み、

朝倉は

社外に出た。


コンビニで

弁当を取る。


レジに置く。


店員は、

少し首を傾げる。


「……?」


視線が、

自分を通り過ぎる。


後ろの客が、

不審そうに

こちらを見る。


朝倉は、

静かに弁当を戻し、

店を出た。


空腹は、

感じない。


感じないことに、

違和感はある。


それでも、

歩ける。


スマートフォンが震える。


> 支払い内容:360分




六時間。


YES。


もう、

迷いはない。


削れているのが、

時間なのか、

存在なのか、

区別がつかない。


午後、

白石が

会議室で

一人残っていた。


資料を見つめ、

考え込んでいる。


朝倉は、

ゆっくりと近づく。


声をかける。


「ここ、

 少し危ないです」


白石は、

反応しない。


だが、

次の瞬間、

彼女は

眉をひそめた。


「……?」


資料に目を落とし、

数行を読み直す。


「あ……」


ペンを取り、

修正する。


朝倉の言葉は、

“誰のものでもないひらめき”

として

届いた。


白石は、

ほっと息をつく。


「危なかった……」


誰に

礼を言うこともなく。


朝倉は、

静かに

後ずさる。


――それでいい。


自分は、

もう

人である必要はない。


役割として、

機能として、

残れれば。


部屋に戻る。


アプリを開く。


> 支払い完了

返却:3600分




六時間が、

六十時間。


誰かの三日。


朝倉の一日は、

完全に

どこにも記録されていない。


鏡を見る。


映っている。


だが、

それを

“自分だ”と

感じる感覚が、

薄い。


名前を、

口に出してみる。


「……朝倉」


音は、

部屋に残る。


だが、

意味が

伴わない。


透明だ。


世界に

影響は与える。

だが、

存在として

数えられない。


それでも、

アプリは

静かに待っている。


> 次の支払いを、選択してください。




朝倉は、

その画面を見つめながら、

理解した。


この先にあるのは、

死ではない。


完全な消滅でもない。


――世界から

――選択肢として

――外れることだ。


それが、

第0話の場所。


朝倉は、

ゆっくりと

目を閉じた。


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