第10話 必要とされない
それは、
解雇通知のような
分かりやすい形では来なかった。
朝倉が
それに気づいたのは、
会議の席だった。
議題が、
自分の知らないところで
進んでいる。
資料は、
共有されている。
情報も、
見られないわけじゃない。
だが、
決定だけが
自分を通過していく。
「この件は、
白石さん主体で」
高瀬課長が、
そう言った。
誰も、
違和感を覚えない。
朝倉だけが、
一瞬、
言葉を失った。
白石は、
軽く頷く。
自然な流れだ。
彼女は、
もう十分に
結果を出している。
朝倉は、
何も言わなかった。
言う必要が、
なかった。
昼休み、
高瀬課長が
声をかけてくる。
「最近、
助かってるよ」
その言葉に、
違和感があった。
以前の「助かってる」は、
具体的だった。
今のそれは、
形式的だ。
「ありがとう」と
同じ温度。
朝倉は、
曖昧に頷いた。
午後、
作業は少なかった。
やることは、
ある。
だが、
“自分でなくてもいい仕事”
ばかりだ。
誰かの指示を
待つ時間が増えた。
その間、
白石は忙しそうだった。
電話を受け、
判断し、
動く。
朝倉は、
その背中を
眺めていた。
誇らしい。
本当に。
それと同時に、
胸の奥で
何かが冷えていく。
――役目、
――終わったな。
そう思った瞬間、
スマートフォンが震えた。
> 支払い内容:240分
四時間。
理由は、
すぐに分かった。
白石の案件が、
さらに一段階
重要な局面に入った。
守るべきものが、
増えた。
朝倉は、
YESを押す。
迷いはない。
自分が
必要とされなくなっても、
彼女が
必要とされているなら、
それでいい。
帰り道、
白石が
声をかけてきた。
「朝倉さん」
少し、
久しぶりな気がした。
「最近、
本当にありがとうございます」
その言葉は、
丁寧で、
礼儀正しい。
だが、
そこには
以前の“甘え”はなかった。
同僚としての感謝。
それだけだ。
「いえ」
朝倉は、
それ以上
何も言えなかった。
部屋に戻り、
アプリを開く。
> 支払い完了
返却:2400分
四時間が、
四十時間。
白石の二日近くが、
守られた。
代わりに、
朝倉の一日は、
ほとんど何も
残っていない。
空白の時間。
やることがないのに、
疲れている。
ソファに座り、
天井を見る。
――必要とされないのは、
――楽だ。
期待されない。
頼られない。
失敗もしない。
だから、
安心できる。
そう思おうとした。
だが、
胸の奥で
微かに痛んだ。
それは、
「役目を果たした痛み」
ではない。
「存在を消費しきった痛み」
だった。
朝倉は、
目を閉じた。
それでも、
明日も
YESを押すだろう。
それしか、
できないことを
もう知っているから。




