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第0話 YESを選んだ男

これは、

正しい選択をし続けた男の話だ。


世界は、静かだった。

騒がしさがないわけではない。

ただ、致命的な破綻が見当たらない。


誰かが必死に守っているわけでもなく、

奇跡が連続して起きているようにも見えない。

それでも、結果として、

うまく回っている。


朝倉は、その街角に立っていた。


背は少し丸まり、

足取りは遅い。

それでも不安定には見えない。

長い時間をかけて、

倒れない歩き方を覚えただけの身体だった。


通り過ぎる人々は、

彼を見ない。


正確には、

視界には入っている。

だが、意識に留める理由がなかった。


名前を知らなくても困らない。

存在を覚えていなくても支障がない。


そういう人間になって、

どれくらい経っただろうか。


ポケットの中で、

微かな振動があった。


朝倉は、慣れた手つきで

スマートフォンを取り出す。


画面が白く光る。

その光は、彼にしか見えない。


簡素な表示。

余白の多い画面。

説明は、何もない。


ただ、

二つの選択肢だけが並んでいる。


――YES

――NO


最初にこの画面を見た日のことは、

もう思い出せなかった。


ただ一つ覚えているのは、

迷わなかったという事実だけだ。


朝倉は、画面を見つめる。


そこに映る文字は、

今も昔も変わらない。


YESを選べば、

何かが支払われる。


代わりに、

世界のどこかが、少し良くなる。


誰かの失敗が起こらなくなり、

誰かの病気が軽くなり、

誰かの未来が、

ほんのわずかに楽になる。


NOを選べば、

何も起きない。


世界はそのままだ。

悪くならないが、

良くもならない。


それだけのことだ。


朝倉は、

親指を伸ばす。


ためらいはない。


これまでの選択は、

すべて正しかった。

少なくとも、結果だけを見れば。


代償は、確かにあった。


時間。

体力。

記憶。

理由のわからない疲労。


老いていく理由を、

彼だけが知っていた。


それでも、

選ばない理由はなかった。


YES。


画面が一瞬、暗くなる。


胸の奥で、

何かが静かに抜け落ちる感覚。


同時に、

世界のどこかで、

問題が一つ消えたのだろう。


朝倉は、

それを確かめに行かない。


世界は、

彼が確認しなくても回る。


それは、

ずっと前から分かっていた。


夕方の風が吹き、

遠くで誰かが笑っている。


平和だ。

穏やかだ。

何も、間違っていない。


朝倉は、

後悔していない。


――そう思わなければ、

この世界を肯定できなかった。


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