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第8話 7月27日 - 渡辺健太「夏期講習」

■そろばん塾の異変


 きょうから、そろばん塾の夏期こうしゅうが始まりました。


 朝9時から12時まで、毎日そろばんのれんしゅうをします。ぼくは、そろばん3級で、2級をめざしてがんばってます。


 塾は、商店街の2階にあります。古いビルで、階段がギシギシ鳴ります。きょう、階段をのぼってたら、へんなことに気がつきました。階段が、きのうより多いんです。


 いつもは、20段なのに、きょうは30段ありました。数えまちがいかなって、もう一回数えたけど、やっぱり30段でした。でも、2階につくと、いつもの教室でした。


 教室に入ると、もうみんな来てました。15人くらいの生徒がいます。でも、なんかへんでした。みんな、じっとそろばんを見つめてて、動いてませんでした。


 「おはよう」って言っても、だれも返事しませんでした。


 先生が入ってきました。田村先生です。60歳くらいのおじいさん先生で、そろばんの名人です。


 「では、始めましょう」


 先生が言うと、みんないっせいにそろばんをはじきはじめました。パチパチパチって、すごい速さでした。


 ぼくもそろばんを出して、れんしゅうを始めました。最初は、かけ算のもんだいでした。


 「357×248」


 ふつうに計算してたら、へんなことがおきました。答えが、88,536になるはずなのに、そろばんの玉が、ちがう数字をしめしました。


 「81,313」


 8月13日? また、この日付です。


 もう一回計算しても、同じ答えになりました。どんな問題を計算しても、答えはぜんぶ「81,313」になりました。


 となりの席の子に、「答え、いくつになった?」って聞きました。


 その子は、ぼくを見ないで言いました。


 「81,313」


 みんな、同じ答えになってるみたいでした。


■逆回転する時計


 10時になって、きゅうけい時間になりました。


 教室の時計を見たら、へんなことに気がつきました。時計の針が、ぎゃくに回ってました。


 10時から、9時59分、9時58分って、時間がもどっていきました。でも、みんな気にしてないみたいでした。ふつうにきゅうけいしてました。


 ぼくは、自分のうで時計を見ました。うで時計は、ちゃんと前に進んでました。10時5分をさしてました。でも、教室の時計は、9時50分まで、もどってました。


 「先生、時計がこわれてます」って言いました。


 田村先生は、時計を見て、にっこり笑いました。


 「こわれてないよ。時間は、前にも後ろにも進むんだ」


 意味がわかりませんでした。


 きゅうけいが終わって、また、そろばんのれんしゅうが始まりました。


 こんどは、わり算でした。


 「8,888÷8」


 答えは、1,111のはずです。でも、そろばんは、またちがう答えをしめしました。


 「333」


 3時33分? これも、聞いたことがある時間です。佐藤さんが、プールで見た時間です。


 先生が、黒板に何か書きました。


 「時間は円」


 そして、その下に、丸い円を書きました。円の上に、数字を書きました。


 「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12」


 時計の文字盤みたいでした。


 「8月は、どこかな?」って先生が聞きました。


 みんな、「8」のところを指さしました。


 「じゃあ、13日は?」


 先生が聞くと、みんな、こんどは円の外を指さしました。


 「13は、円の外。でも、本当は、円の中にもある」


 先生が、円の真ん中に「13」って書きました。


 「8月13日は、時間の中心。すべてが、ここから始まって、ここにもどる」


■帰れない教室


 12時になりました。でも、教室の時計は、7時をさしてました。5時間も、もどってました。


 「じゃあ、きょうはここまで」って先生が言いました。


 みんな、そろばんをしまって、帰るじゅんびをしました。ぼくも、かばんにそろばんを入れて、教室を出ようとしました。


 でも、ドアが開きませんでした。


 ドアノブを回しても、押しても、引いても、ビクともしませんでした。


 「先生、ドアが開きません」


 先生は、また、にっこり笑いました。


 「まだ、12時じゃないからね」


 「でも、12時です」って、うで時計を見せました。


 「君の時計は12時。でも、教室の時計は7時。教室の中では、教室の時間が正しい」


 先生が言うと、教室の時計が、急に早回しになりました。グルグルグルって、針が回って、あっという間に12時になりました。


 カチッて音がして、ドアが開きました。


 ぼくは、いそいで教室を出ました。階段をかけおりました。階段は、20段にもどってました。


 外に出たら、太陽がまぶしかったです。でも、へんでした。太陽が、西にありました。朝の太陽みたいに、東から出てきたばかりみたいでした。


 時計を見たら、朝の7時でした。


 えっ? さっきまで12時だったのに。


 家に帰ったら、お母さんが「おはよう」って言いました。


 「そろばん塾、これから?」


 「もう行ってきた」って言ったら、お母さんは、へんな顔をしました。


 「まだ朝の7時よ。塾は9時からでしょ」


 カレンダーを見たら、7月27日でした。日付は変わってませんでした。でも、時間が5時間もどってました。


 ぼくは、もう一度そろばん塾に行きました。


 9時に教室に入ったら、さっきと同じでした。みんないて、田村先生もいて、同じれんしゅうをしました。


 でも、みんな、さっきのことを覚えてないみたいでした。ぼくだけが、2回目だって知ってました。


 12時になって、教室を出ました。こんどは、ちゃんと12時でした。外も、昼でした。


 家に帰って、日記を書いてます。


 でも、ほんとうに、きょうは7月27日なのかな。もしかしたら、きのうも7月27日だったかもしれない。明日も7月27日かもしれない。


 時間が、ループしてるみたいです。


 そろばんの答えが「81,313」になったのは、8月13日に、時間がこわれるからかな。


 3時33分に、何かがおきて、時間が円になって、ぐるぐる回りはじめるのかな。


 明日、また、そろばん塾に行きます。


 でも、明日は、ほんとうに明日なのかな。


 それとも、また、きょうなのかな。


 今、時計を見たら、針が一瞬、ぎゃくに回りました。


 そして、また、前に進みました。


 時間が、こわれはじめてる。


担任教師の赤ペンコメント:

そろばんの練習、毎日がんばっていてえらいわね。2級合格(ごうかく)も夢じゃないわ。時間は前にしか進まないと思っていたけれど、健太くんみたいに考えると、色々なことがあるのかもしれないわね。むずかしいけど、面白い考えです。でも、塾の時間はまもりましょうね(笑)。

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