第7話 7月26日 - 伊藤さやか「テレビの砂嵐」
■深夜の放送終了
きのうの夜、ねむれなくて、テレビを見てました。
夜中の12時をすぎると、テレビの放送が終わります。「本日の放送は終了しました」って、アナウンサーのお姉さんが言って、そのあと、カラーバーが出て、それから砂あらしになります。
砂あらしって、白と黒のつぶつぶが、ザーザーってうごいてる画面のことです。音も、ザーッて音がします。お父さんは「スノーノイズ」って言ってました。
いつもなら、砂あらしになったら、テレビを消します。でも、きのうは、なんとなく見てました。ザーザーって音を聞いてたら、ねむくなるかなって思って。
でも、5分くらい見てたら、へんなことに気がつきました。
砂あらしの中に、顔が見えたんです。
最初は、目のさっかくかなって思いました。白と黒のつぶつぶを見てると、いろんな形に見えることがあります。雲が動物に見えるみたいに。
でも、これはちがいました。はっきりと、人の顔が見えました。女の人の顔でした。30歳くらいかな。かみの毛が長くて、かなしそうな顔をしてました。
顔は、じっとこっちを見てました。まばたきもしました。口も動きました。何か言いたそうでした。
テレビに近づいて、よく見ました。そしたら、女の人が口を大きく開けて、何か言いました。音は聞こえなかったけど、口の形でわかりました。
「そちらは62年の何月?」
昭和62年の何月かって聞いてるみたいでした。
「7月です」って、テレビに向かって言いました。
女の人は、かなしそうな顔をしました。そして、また口を動かしました。
「まだ7月なの。8月13日は、まだ来てないのね」
■チャンネルを変えても同じ顔
こわくなって、チャンネルを変えました。
1チャンネル、3チャンネル、4チャンネル、6チャンネル、8チャンネル、10チャンネル、12チャンネル。ぜんぶ、放送が終わってて、砂あらしでした。
でも、どのチャンネルも、同じ女の人の顔が出てました。
1チャンネルでは、女の人が泣いてました。 3チャンネルでは、女の人が笑ってました。でも、こわい笑い方でした。 4チャンネルでは、女の人がさけんでました。 6チャンネルでは、女の人が首を横にふってました。 8チャンネルでは、女の人が手をふってました。「こっちに来て」って。 10チャンネルでは、女の人の顔がアップになってました。目だけが大きくうつってました。 12チャンネルでは、女の人じゃなくて、子どもの顔になってました。
子どもは、男の子でした。ぼくと同じくらいの年でした。学校のせいふくを着てました。でも、そのせいふくが、へんでした。今の学校のせいふくじゃなくて、もっと古い感じでした。
男の子が、口を動かしました。
「ぼくたちは、ここにいる」
そして、画面が変わりました。
教室がうつりました。古い木の教室でした。40人くらいの子どもがいました。みんな、じっとすわってました。動かないで、前を見てました。
でも、みんなの目が、死んでるみたいでした。生きてるのに、生きてないみたいな目でした。
その中に、知ってる顔がありました。
山田くん、田中くん、鈴木さん、佐藤さん、高橋くん。
きのうまでいっしょに遊んでた友だちが、画面の中にいました。でも、ちがうんです。顔は同じなのに、べつ人みたいでした。もっと大人っぽくて、つかれた顔をしてました。
画面の中の山田くんが、こっちを見ました。そして、口を動かしました。
「もうすぐ、君もここに来る」
■砂嵐からのメッセージ
テレビを消そうとしました。でも、リモコンがききませんでした。電源ボタンを押しても、テレビは消えません。
テレビの本体のボタンも押しました。でも、消えません。コンセントをぬこうとしたら、ビリッとしびれました。電気が流れてるみたいでした。
しかたなくて、テレビを見つづけました。
砂あらしが、だんだん形を作っていきました。文字になりました。
「永遠の8月」
その文字が、赤く光りました。血みたいな赤い色でした。
つぎに、数字が出ました。
「18」
あと18日で、8月13日です。
そして、画面いっぱいに、たくさんの顔が出ました。100人、いや、1000人くらいの顔でした。子どもも、大人も、おじいさんも、おばあさんも、みんないました。
みんな、口を開けて、何か言ってました。声は聞こえないけど、みんな同じことを言ってるみたいでした。
「タスケテ」
みんな、助けをもとめてるみたいでした。
でも、だれが、どこにとじこめられてるんだろう。
画面が、また変わりました。
学校の時計塔がうつりました。時計は、3時33分をさしてました。そして、空から、大きなかみなりが落ちました。
ピカッと光って、ゴロゴロゴロって音がしました。でも、これは、テレビの音じゃありませんでした。本当に、外でかみなりが鳴ったんです。
まどの外を見たら、空が光ってました。でも、雨はふってませんでした。かわいたかみなりでした。
テレビを見たら、時計塔がこわれてました。大きなひびが入って、時計がとまってました。3時33分で、永遠にとまってるみたいでした。
そして、画面に文字が出ました。
「これは、未来」 「これは、過去」 「これは、今」
意味がわかりませんでした。未来で、過去で、今?
テレビが、とつぜん消えました。
部屋がまっ暗になりました。
でも、目をとじると、さっきの画面が見えました。あの女の人の顔、子どもたちの顔、時計塔、ぜんぶが、まぶたの裏に焼きついてました。
朝になって、テレビをつけました。
ふつうに、朝のニュースがうつりました。アナウンサーのおじさんが、天気よほうを読んでました。
「きょうは7月26日、晴れのち曇りでしょう」
でも、画面のすみっこに、小さく、砂あらしが見えました。ほんの少しだけど、白と黒のつぶつぶが動いてました。
その中に、また、あの女の人の顔が見えました。
女の人は、ずっとこっちを見てました。
学校に行って、友だちに聞きました。
「きのう、夜中にテレビ見た?」
山田くんは「見た」って言いました。「砂あらしの中に、へんなものが見えた」って。
田中くんも、鈴木さんも、佐藤さんも、高橋くんも、みんな見たって言いました。
みんな、同じものを見てました。女の人、子どもたち、時計塔。
そして、みんな、「永遠の8月」っていう文字を見てました。
これは、ぐうぜんじゃない。
みんなに、何かを伝えようとしてるんだ。
8月13日に、何かがおきる。
そして、ぼくたちは、そこに行かなきゃいけない。
でも、行ったら、もどってこれるのかな。
今夜も、テレビを見ようと思います。
もっと、知りたいことがあるから。
でも、こわいです。
あの人たちみたいに、テレビの中にとじこめられたら、どうしよう。
【先生の赤ペンコメント】
テレビのすなあらしから顔が…とてもこわい夢を見たのね。先生も夜ふかしはするけれど、さやかさんは早くねましょうね。そうすれば、こわい夢も見なくなるはずだから。日記に書かれていた「永遠の8月」という言葉、なぜか先生も、どこかで聞いたことがあるような気がしました。




