第6話 7月25日 - 高橋拓也「音のない雨」
■静寂の土砂降り
きょうは、ものすごくへんな雨がふりました。
朝起きたら、まどの外がまっ白でした。すごい土砂ぶりで、むかいの家も見えないくらいでした。でも、へんなことに、雨の音がしませんでした。
ふつう、こんなに強い雨がふったら、屋根にバラバラバラって音がするし、といからザーザー水が流れる音がします。でも、きょうは、しーんとしずかでした。テレビの音を消したみたいに、何も聞こえませんでした。
まどを開けてみました。雨が、ものすごいいきおいでふってます。手を出したら、つめたい雨にぬれました。ちゃんと雨はふってるんです。でも、音がしないんです。
雨つぶが地面にぶつかっても、音がしません。水たまりに雨がおちても、ポチャンって音がしません。かさに雨が当たっても、パラパラって音がしません。
お母さんに「雨の音がしない」って言ったら、「そう?ふつうに聞こえるけど」って言われました。お母さんには、ザーザーって音が聞こえてるみたいでした。
お父さんも、妹のまいも、みんなふつうに雨音が聞こえるって言いました。ぼくだけ、聞こえないみたいでした。
でも、本当に聞こえないんです。目の前で雨がはねてるのに、音がまったくしません。まるで、テレビを見てるみたいでした。音声だけミュートになってるみたいでした。
学校に行くことになって、かさをさしました。レインコートも着ました。長ぐつもはきました。外に出たら、もっとふしぎなことがわかりました。
ぼくのかさに当たる雨だけ、音がするんです。でも、その音がへんでした。
「カエレナイ」
雨が、そう言ってるみたいに聞こえました。一つぶ一つぶが、小さな声で「カエレナイ」ってささやいてるみたいでした。
■濡れた者だけが聞く声
学校に行くとちゅう、友だちの田中くんに会いました。
「おはよう」って言ったら、田中くんがへんな顔をしました。
「雨の音、聞こえる?」って田中くんが聞きました。
「聞こえない」って答えたら、田中くんが「ぼくもだ」って言いました。
田中くんも、雨の音が聞こえないみたいでした。でも、田中くんは、べつの音が聞こえるって言いました。
「雨が、何か言ってる」
田中くんのかさに当たる雨も、「カエレナイ」って言ってるそうです。
学校につくと、ほかにも同じ子がいました。山田くん、佐藤さん、鈴木さん。みんな、雨の音が聞こえないって言いました。そして、みんな、雨が「カエレナイ」って言ってるのが聞こえるって言いました。
でも、ほかの子たちは、ふつうに雨音が聞こえるみたいでした。先生も、「すごい雨音ね」って言ってました。
きょうしつで、ぬれたふくをかわかしてたら、気がつきました。雨音が聞こえない子は、みんな、この何日かでへんなことを体験した子でした。
山田くんは、山で赤い風りんを見た。 鈴木さんは、おばあちゃんが若がえった。 田中くんは、セミが人間の言葉をしゃべった。 佐藤さんは、プールが100メートルになった。
みんな、ふつうじゃないことを見たり聞いたりした子でした。
そして、みんな、「8月13日」のことを知ってました。
きゅうしょくの時間、ろうかを歩いてたら、水たまりがありました。だれかがかさをわすれて、ぬれて入ってきたみたいでした。
その水たまりに、字が書いてありました。水でできた字でした。
「アメハ ナミダ」
雨は涙? だれの涙なんだろう。
水たまりをよく見たら、赤いものがまざってました。血みたいに赤い水が、少しだけまざってました。さわろうとしたら、水たまりがきえました。じょうはつしたみたいに、あとかたもなくなりました。
■雨に書かれたメッセージ
午後になっても、雨はやみませんでした。
たいいくかんで、みんなであそびました。ドッジボールをしたり、なわとびをしたりしました。でも、ぼくは、まどの外の雨を見てました。
雨が、へんなふり方をしてました。まっすぐ下にふるんじゃなくて、もようをえがくみたいにふってました。空中で、雨つぶがくるくる回ったり、ジグザグに動いたりしてました。
よく見たら、文字を書いてるみたいでした。空中に、雨で文字を書いてるんです。
「ワスレルナ」 「ヤクソク」 「8・13」
その文字は、すぐに消えちゃうけど、何度も何度もくりかえし書かれました。まるで、わすれないように、ひっしに伝えようとしてるみたいでした。
体育の先生が、「高橋、何見てるんだ」って言いました。
「雨が文字を書いてます」って言ったら、先生は笑いました。
「想像力豊かだな」って。
でも、ぼくには見えるんです。雨が、メッセージを送ってるのが。
学校が終わって、帰るとき、もっとすごいことがおきました。
こうもんを出たとたん、雨の音が聞こえるようになりました。でも、ふつうの雨音じゃありませんでした。
だれかが泣いてる声でした。
たくさんの人が、いっせいに泣いてるみたいな声でした。子どもも、大人も、おじいさんも、おばあさんも、みんな泣いてるみたいでした。
「カエリタイ」 「タスケテ」 「ドコニイルノ」
いろんな声が、雨といっしょにふってきました。
こわくなって、走って帰りました。家に入ったら、声はきえました。また、音のない雨にもどりました。
お風呂に入ってたら、シャワーから出る水も、音がしませんでした。お湯なのに、音がしないんです。そして、お湯が体に当たると、小さな声が聞こえました。
「モウスグ」 「モウスグ」 「8ガツ13ニチ」
体をふいてたら、タオルがぬれてるところから、声が聞こえました。タオルが、しゃべってるみたいでした。
「ニゲラレナイ」
「ミンナイッショ」
「エイエンニ」
永遠に、みんないっしょ。にげられない。
こわいことを言ってるのに、なぜか、なつかしい感じがしました。前にも聞いたことがあるような声でした。
夜、ねる前に、まどの外を見ました。
雨は、まだふってました。音のない、しずかな雨でした。
でも、雨にぬれた道や、屋根や、木や、ぜんぶが光ってました。赤い光でした。雨つぶ一つ一つが、小さな赤い光を持ってるみたいでした。
そして、その光が、また文字を作りました。空いっぱいに、大きな文字が浮かびました。
「19」
あと19日で、8月13日です。
雨は、カウントダウンをしてるみたいでした。
今、ふとんの中で日記を書いてます。外では、まだ雨がふってます。
ときどき、雨の中に、人のかたちが見えます。立ってる人、歩いてる人、手をふってる人。みんな、雨でできた人でした。
その人たちが、こっちを見てます。まどごしに、ぼくを見てます。
「いっしょに行こう」って言ってるみたいです。
でも、どこに行くんだろう。
8月13日に、みんなでどこに行くんだろう。
雨がやんだら、わかるのかな。
それとも、雨はもうやまないのかな。
【先生の赤ペンコメント】
雨の音がなみだの声に聞こえるなんて、拓也くんはとてもやさしい心を持っているのね。雨が文字をえがくというのも、詩みたいでステキです。ただ、雨のメッセージが「カエレナイ」や「ワスレルナ」だなんて、少しかなしいお話ね。次の雨の日は、楽しいメッセージが聞こえるといいね。




