表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/45

第6話 7月25日 - 高橋拓也「音のない雨」

■静寂の土砂降り


 きょうは、ものすごくへんな雨がふりました。


 朝起きたら、まどの外がまっ白でした。すごい土砂ぶりで、むかいの家も見えないくらいでした。でも、へんなことに、雨の音がしませんでした。


 ふつう、こんなに強い雨がふったら、屋根にバラバラバラって音がするし、といからザーザー水が流れる音がします。でも、きょうは、しーんとしずかでした。テレビの音を消したみたいに、何も聞こえませんでした。


 まどを開けてみました。雨が、ものすごいいきおいでふってます。手を出したら、つめたい雨にぬれました。ちゃんと雨はふってるんです。でも、音がしないんです。


 雨つぶが地面にぶつかっても、音がしません。水たまりに雨がおちても、ポチャンって音がしません。かさに雨が当たっても、パラパラって音がしません。


 お母さんに「雨の音がしない」って言ったら、「そう?ふつうに聞こえるけど」って言われました。お母さんには、ザーザーって音が聞こえてるみたいでした。


 お父さんも、妹のまいも、みんなふつうに雨音が聞こえるって言いました。ぼくだけ、聞こえないみたいでした。


 でも、本当に聞こえないんです。目の前で雨がはねてるのに、音がまったくしません。まるで、テレビを見てるみたいでした。音声だけミュートになってるみたいでした。


 学校に行くことになって、かさをさしました。レインコートも着ました。長ぐつもはきました。外に出たら、もっとふしぎなことがわかりました。


 ぼくのかさに当たる雨だけ、音がするんです。でも、その音がへんでした。


 「カエレナイ」


 雨が、そう言ってるみたいに聞こえました。一つぶ一つぶが、小さな声で「カエレナイ」ってささやいてるみたいでした。


■濡れた者だけが聞く声


 学校に行くとちゅう、友だちの田中くんに会いました。


 「おはよう」って言ったら、田中くんがへんな顔をしました。


 「雨の音、聞こえる?」って田中くんが聞きました。


 「聞こえない」って答えたら、田中くんが「ぼくもだ」って言いました。


 田中くんも、雨の音が聞こえないみたいでした。でも、田中くんは、べつの音が聞こえるって言いました。


 「雨が、何か言ってる」


 田中くんのかさに当たる雨も、「カエレナイ」って言ってるそうです。


 学校につくと、ほかにも同じ子がいました。山田くん、佐藤さん、鈴木さん。みんな、雨の音が聞こえないって言いました。そして、みんな、雨が「カエレナイ」って言ってるのが聞こえるって言いました。


 でも、ほかの子たちは、ふつうに雨音が聞こえるみたいでした。先生も、「すごい雨音ね」って言ってました。


 きょうしつで、ぬれたふくをかわかしてたら、気がつきました。雨音が聞こえない子は、みんな、この何日かでへんなことを体験した子でした。


 山田くんは、山で赤い風りんを見た。  鈴木さんは、おばあちゃんが若がえった。  田中くんは、セミが人間の言葉をしゃべった。  佐藤さんは、プールが100メートルになった。


 みんな、ふつうじゃないことを見たり聞いたりした子でした。


 そして、みんな、「8月13日」のことを知ってました。


 きゅうしょくの時間、ろうかを歩いてたら、水たまりがありました。だれかがかさをわすれて、ぬれて入ってきたみたいでした。


 その水たまりに、字が書いてありました。水でできた字でした。


 「アメハ ナミダ」


 雨は涙? だれの涙なんだろう。


 水たまりをよく見たら、赤いものがまざってました。血みたいに赤い水が、少しだけまざってました。さわろうとしたら、水たまりがきえました。じょうはつしたみたいに、あとかたもなくなりました。


■雨に書かれたメッセージ


 午後になっても、雨はやみませんでした。


 たいいくかんで、みんなであそびました。ドッジボールをしたり、なわとびをしたりしました。でも、ぼくは、まどの外の雨を見てました。


 雨が、へんなふり方をしてました。まっすぐ下にふるんじゃなくて、もようをえがくみたいにふってました。空中で、雨つぶがくるくる回ったり、ジグザグに動いたりしてました。


 よく見たら、文字を書いてるみたいでした。空中に、雨で文字を書いてるんです。


 「ワスレルナ」  「ヤクソク」  「8・13」


 その文字は、すぐに消えちゃうけど、何度も何度もくりかえし書かれました。まるで、わすれないように、ひっしに伝えようとしてるみたいでした。


 体育の先生が、「高橋、何見てるんだ」って言いました。


 「雨が文字を書いてます」って言ったら、先生は笑いました。


 「想像力豊かだな」って。


 でも、ぼくには見えるんです。雨が、メッセージを送ってるのが。


 学校が終わって、帰るとき、もっとすごいことがおきました。


 こうもんを出たとたん、雨の音が聞こえるようになりました。でも、ふつうの雨音じゃありませんでした。


 だれかが泣いてる声でした。


 たくさんの人が、いっせいに泣いてるみたいな声でした。子どもも、大人も、おじいさんも、おばあさんも、みんな泣いてるみたいでした。


 「カエリタイ」  「タスケテ」  「ドコニイルノ」


 いろんな声が、雨といっしょにふってきました。


 こわくなって、走って帰りました。家に入ったら、声はきえました。また、音のない雨にもどりました。


 お風呂に入ってたら、シャワーから出る水も、音がしませんでした。お湯なのに、音がしないんです。そして、お湯が体に当たると、小さな声が聞こえました。


 「モウスグ」  「モウスグ」  「8ガツ13ニチ」


 体をふいてたら、タオルがぬれてるところから、声が聞こえました。タオルが、しゃべってるみたいでした。


 「ニゲラレナイ」  

 「ミンナイッショ」  

 「エイエンニ」


 永遠に、みんないっしょ。にげられない。


 こわいことを言ってるのに、なぜか、なつかしい感じがしました。前にも聞いたことがあるような声でした。


 夜、ねる前に、まどの外を見ました。


 雨は、まだふってました。音のない、しずかな雨でした。


 でも、雨にぬれた道や、屋根や、木や、ぜんぶが光ってました。赤い光でした。雨つぶ一つ一つが、小さな赤い光を持ってるみたいでした。


 そして、その光が、また文字を作りました。空いっぱいに、大きな文字が浮かびました。


 「19」


 あと19日で、8月13日です。


 雨は、カウントダウンをしてるみたいでした。


 今、ふとんの中で日記を書いてます。外では、まだ雨がふってます。


 ときどき、雨の中に、人のかたちが見えます。立ってる人、歩いてる人、手をふってる人。みんな、雨でできた人でした。


 その人たちが、こっちを見てます。まどごしに、ぼくを見てます。


 「いっしょに行こう」って言ってるみたいです。


 でも、どこに行くんだろう。


 8月13日に、みんなでどこに行くんだろう。


 雨がやんだら、わかるのかな。


 それとも、雨はもうやまないのかな。


【先生の赤ペンコメント】

雨の音がなみだの声に聞こえるなんて、拓也くんはとてもやさしい心を持っているのね。雨が文字をえがくというのも、()みたいでステキです。ただ、雨のメッセージが「カエレナイ」や「ワスレルナ」だなんて、少しかなしいお話ね。次の雨の日は、楽しいメッセージが聞こえるといいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ