第43話 8月30日 - 白井さとし「なんにもない世界」
■色がきえた朝
朝おきたら、世界から色がなくなってました。きのうまで茶色だったてんじょうも、みず色だったかべも、みどり色だったつくえも、ぜんぶまっ白でした。
まどの外を見ても、おなじでした。となりの家の赤いやねも、道のはい色も、木のみどりも、そらの青も、きのうまであった三つのたいようも、ぜんぶ白になってました。きのうまでいたサムライやようかいも、いません。ただ、白いばしょがずっとつづいてるだけでした。
音もありません。シーンとしてます。お母さんをよぼうとしても、声が出ません。じぶんの心ぞうの音だけが、とおくできこえるみたいでした。
■かたちがきえていく
じかんがたつと、ものの形もなくなっていきました。
つくえもイスもベッドも、ぜんぶまざって、白いかたまりになりました。じぶんの手や足も、ぼやけてきて、世界とじぶんがいっしょになっていくみたいでした。
ぼくは、その白いなにもないところに、ただういてるみたいでした。
こわい、というきもちも、白くなっていきます。かなしいも、さみしいも、うれしいも、ぜんぶ白くなって、心が「なにもない」になっていきます。ああ、こうやっておわるんだな、とぼんやり思いました。
■さいごのてん
このままじゃ、ぼくも世界も、ぜんぶなくなっちゃう。
そう思ったとき、ポケットにえんぴつがあるのに気がつきました。これも、もう白いぼうになってたけど、たしかに「ここにある」ってかんじがしました。
日記ちょうをひらきました。これも、ただの白いいたです。
「なにかのこさなくちゃ」
白くなっていく中で、その思いだけが、黒く、はっきりのこってました。みんなとの「やくそく」だったのかもしれません。
えんぴつを、白いいたにおしつけました。
うでに力をいれて、いれて、いれて。
じぶんのぜんぶを、このいってんにこめるように。
すると、白いかみの上に、小さな黒いてんができました。
。
世界がまっ白にきえちゃうまえに、ぼくがのこせた、たったひとつのしるしです。
ぼくが、この世界が、たしかにここにいたという、さいごのしょうめいです。
このてんがきえるとき、きっと、ぜんぶがほんとうにおわるのでしょう。
担任教師の赤ペンコメント:
さとしくん。この小さなてんに、あなたの世界のぜんぶがつまっているのですね。先生には、わかります。これはおわりじゃなくて、がんばってるしるし。あなたがまもろうとした、世界のしょうめいです。きえないでと、先生もこのてんを見つめています。




