第42話 8月29日 - 内田えま「きえちゃう日記」
■書いてもきえちゃう
きょうも、ずっと8月13日です。なんかいめかわからないけど、へんな夏休みになれてきちゃいました。きのう、黒田くんの日記がまっ黒になってたって聞きました。こわいです。
日記を書こうと思って、つくえに行きました。でも、きょうはへんなことがおきました。ノートをひらいて、えんぴつで書きました。
「きょうは、あさからふしぎなことが…」
書いたとたん、びっくりしました。書いた字が、虫みたいにうごいて、水になって、きえちゃったんです。かみが、わたしの字をたべちゃったみたい。
えんぴつでも、クレヨンでも、えのぐでも、ぜんぶきえちゃいます。「内田えま」って名前も、すなみたいにサラサラってきえちゃう。なんかいやっても、だめでした。
■ぜんぶ白いかみになっちゃう
日記だけじゃありませんでした。
きのうまで読んでた本をあけたら、ぜんぶのページがまっ白でした。字がひとつもありません。お父さんのしんぶんも、お母さんのりょうり本も、カレンダーも、ぜんぶただの白いかみになってました。
町に出たら、おみせのかんばんも、「とまれ」のひょうしきも、ぜんぶまっ白。でも、みんな、なにが書いてあったかわかってるみたいでした。
■わたしもきえちゃうの?
いちばんこわかったのは、かがみを見たときです。
わたしのからだが、すこしすけて見えました。うしろのかべが、うっすら見えるんです。わたしも、だんだんうすくなってるみたい。
だから、先生、この日記もわたせません。先生にわたすころには、きっとこのかみも、まっ白になってるでしょうから。でも、わたしはたしかに、ここにきょうのことを書きました。きえちゃうまえに、先生にとどきますように。
担任教師の赤ペンコメント:
えまさん。提出された真っ白な原稿用紙、受け取りました。何も書かれていなくても、先生にはあなたの声が、その恐怖が、そして世界に残ろうとする強い意志が伝わってくるようです。消えないで。わたしたちは、言葉や文字がなくても、確かにお互いのことを覚えている。まだ、ここにいるのだから。




