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第4話 7月23日 - 田中大輝「セミとりの名人」

■朝の準備と異変


 ぼくは、セミとりの名人です。


 きょうも朝早くおきて、セミとりに行きました。あみと虫かごを持って、6時に家を出ました。朝は、セミがまだねぼけてるから、つかまえやすいんです。


 外に出たら、もうセミの声がすごかったです。ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ、いろんなセミが鳴いてました。でも、きょうのセミの声は、いつもとちがってました。


 ふつうは「ミーンミーン」って鳴くミンミンゼミが、「ミーン、ミーン、ミーン」って、一つずつ区切って鳴いてました。アブラゼミも「ジリジリジリ」じゃなくて、「ジ、リ、ジ、リ」って鳴いてました。まるで、何かをかぞえてるみたいでした。


 公園に行く道で、へんなものを見ました。電信柱にセミのぬけがらがいっぱいついてたんだけど、そのぬけがらが、ぜんぶ上を向いてました。ふつう、セミのぬけがらは下を向いてるのに、ぜんぶ空を見上げてるみたいでした。


 よく見たら、ぬけがらの目が光ってました。朝日にてらされてるだけかもしれないけど、金色にキラキラしてました。さわってみたら、まだやわらかかったです。きのうの夜にぬけたばかりみたいなのに、中にセミはいませんでした。


 公園につきました。大きなケヤキの木があって、そこにいつもセミがたくさんいます。木に近づいたら、セミの声がピタッととまりました。しーんとしずかになりました。でも、セミはいるんです。木にいっぱいとまってました。ただ、鳴かないでじっとしてました。


 ぼくを見てるみたいでした。


■セミとりと人間の声


 最初につかまえたのは、アブラゼミでした。


 いつもなら、あみを近づけると「ジジジッ」って鳴いてにげるのに、きょうはじっとしてました。かんたんにつかまえられました。虫かごに入れようとしたとき、セミが鳴きました。


 「モウスグ」


 人間の声みたいに聞こえました。「もうすぐ」って言ってるみたいでした。びっくりして手をはなしたら、セミは飛んでいきました。でも、飛びながらも「モウスグ、モウスグ」って鳴いてました。


 つぎにミンミンゼミをつかまえました。みどり色のきれいなセミです。このセミも、へんな鳴き方をしました。


 「アト、ニジュウ、イチ」


 「あと21」って聞こえました。何が21なんだろう。日にちかな。きょうは7月23日だから、あと21日だと、8月13日です。


 8月13日って、おととい、山田くんも言ってました。その日に何かあるのかな。


 3びきめは、ツクツクボウシでした。小さくて、すばしっこいセミです。でも、きょうはかんたんにつかまえられました。手の中で、ツクツクボウシが鳴きました。


 「カエレナイ、カエレナイ」


 はっきりと、そう聞こえました。「帰れない」って言ってるんです。だれが帰れないんだろう。セミかな。それとも、ぼくたちかな。


 こわくなって、ツクツクボウシをはなしました。セミは木の上の方に飛んでいって、また「カエレナイ」って鳴きました。ほかのセミも、いっせいに鳴きはじめました。


「モウスグ」  

「アト、ニジュウ、イチ」  

「カエレナイ」


 いろんな声がまざって、大がっしょうみたいでした。でも、ぜんぶ人間の言葉に聞こえました。


 そのとき、クマゼミを見つけました。大きくて、黒いセミです。このへんでは、めずらしいセミです。木の高いところにいました。


 あみをのばしてつかまえようとしたら、クマゼミがこっちを見ました。セミの目って、よく見ると、宝石みたいできれいです。でも、このクマゼミの目は、ちがいました。人間の目みたいでした。黒目と白目があって、まばたきしたような気がしました。


 クマゼミが鳴きました。


 「ナツヤスミハ、オワラナイ」


 はっきりと、そう言いました。「夏休みは終わらない」って。うれしいような、こわいような、ふくざつな気持ちになりました。


■セミの集会と赤い羽


 公園の奥に、小さな森があります。そこに入ってみました。


 森の中は、もっとすごいことになってました。木という木に、セミがびっしりついてました。100ぴき、いや、1000ぴきくらいいたかもしれません。ぜんぶのセミが、同じ方向を向いてました。森の真ん中を見てました。


 森の真ん中に、大きな切りかぶがあります。そこに、見たことのないセミがいました。


 ふつうのセミの2倍くらいの大きさで、体が赤いセミでした。羽も赤くて、血みたいな色でした。目は金色で、ぼくを見てました。


 赤いセミが鳴きました。


 「ヤクソク、マモレ」


 ほかのセミたちが、いっせいに羽をふるわせました。「ハイ、ハイ、ハイ」って聞こえました。人間が返事してるみたいでした。


 赤いセミが、また鳴きました。


 「ハチガツ、ジュウサンニチ、ジュンビ、セヨ」


 8月13日に準備しろって言ってるんです。何の準備だろう。


 ぼくは、そっと森から出ようとしました。でも、セミたちがいっせいにこっちを向きました。1000この目が、ぼくを見てました。


 「ニンゲン、ミタ」  

 「ニンゲン、キイタ」  

 「ニンゲン、シッテル」


 セミたちが、口々に鳴きました。にげようとしたけど、足が動きませんでした。


 赤いセミが、ゆっくり羽を広げました。羽の裏に、もようがありました。数字みたいなもようでした。「8」と「13」に見えました。


 赤いセミが飛んできました。ぼくの頭の上を、ぐるぐる回りました。羽の音が、風鈴みたいに聞こえました。チリン、チリンって。


 そして、赤いセミが言いました。


 「オマエモ、ヤクソク、マモレ」


 「何のやくそく?」って聞いたら、赤いセミは、ぼくの耳もとでささやきました。


 「ワスレタカ? ミンナデ シタ ヤクソク」


 思い出そうとしたけど、思い出せませんでした。でも、たしかに何かやくそくした気がします。大事なやくそくだった気がします。


 赤いセミは、森の奥に飛んでいきました。ほかのセミたちも、いっせいに飛び立ちました。空が、セミでまっ黒になりました。


 セミたちが飛んでいった後、地面に何か落ちてました。赤い羽でした。赤いセミの羽みたいでした。拾ってみたら、手があつくなりました。羽なのに、生きてるみたいにドクドクしてました。


 家に帰って、羽を虫かごに入れました。


 夜になって、虫かごを見たら、羽がなくなってました。かわりに、小さな紙が入ってました。紙には、赤い字で何か書いてありました。


 「8月13日 午後3時33分 学校」


 お母さんに見せようと思ったけど、紙を持った瞬間、紙が燃えてなくなりました。あとには、はいだけが残りました。


 今、外でセミが鳴いてます。でも、もう人間の声には聞こえません。ただの「ミーンミーン」です。


 でも、ときどき、「モウスグ」って聞こえる気がします。


 あと21日で、8月13日です。


 その日に、何がおきるんだろう。


 こわいけど、知りたいような気もします。


 明日も、セミとりに行きます。赤いセミを、もう一度見たいです。でも、見つからない方がいいのかもしれません。


 今、窓の外を見たら、電線に赤い何かがとまってました。


 セミかな。


 それとも、ちがう何かかな。


【先生の赤ペンコメント】

大輝くん、セミのかんさつ日記、とてもくわしくてすごいね。セミの種類にもくわしいんだ! セミたちが人間の言葉を話すなんて、大輝くんの耳には、そう聞こえるのね。とても面白いお話でした。赤いセミが見せたという「8月13日」は、何か特別な日なのかな。

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― 新着の感想 ―
xから来ました。 見ていくのが怖くなりますが見ていきたいと思います。 次へを押すのが怖いと言うか  先生の赤ペンがあるので一応夏休みは終わって提出されたと願いつつドキドキしながら見ていきたいと思います…
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