第33話 8月20日 - 横山健太「鬼火」
■田んぼの上の青い炎
きょうも8月13日。もう何度目かわからない8月13日。
夕方、自転車で田んぼ道を走ってました。
8月13日から、田んぼも不思議なことになってます。稲が金色になったり、緑になったり、一日の中で季節が変わります。
日が沈みかけたころ、田んぼの上に青白い火が浮かびました。
最初は一つ。それから二つ、三つ、十個、二十個。
どんどん増えて、田んぼ全体が青い火でいっぱいになりました。
鬼火でした。
でも、こわくありませんでした。きれいだったから。
青い火が、ゆらゆら踊ってました。まるで、ダンスしてるみたいでした。
自転車を止めて、じっと見てました。
火が、だんだん近づいてきました。
一番大きな火が、ぼくの目の前で止まりました。
火の中に、顔が見えました。
おじいさんの顔でした。知らないおじいさんだけど、やさしそうな顔でした。
■火が作る文字
「こんばんは」
鬼火から声が聞こえました。
「ぼく、健太です」
「知ってる。毎年、この田んぼを通る子だ」
毎年? でも、ぼくは去年この道を通った記憶がありません。
「去年じゃない。30年前、60年前、90年前も」
鬼火が説明してくれました。
「横山健太は、30年ごとにこの道を通る」
また、30年の話です。
みんな、30年ごとに同じことをくり返してるみたいです。
鬼火たちが、空中で動き始めました。
整列して、文字を作りました。
「カエレナイ」
青い火で書かれた文字が、夜空に浮かびました。
「だれが、帰れないの?」
「みんな」
鬼火が答えました。
「死んだ人も、生きてる人も、みんな帰れない」
文字が変わりました。
「ココガイエ」
ここが家?
「8月13日から、みんなここに住んでる」
「ここって、田んぼ?」
「違う。永遠の8月が、みんなの家」
■朝になっても消えない火
鬼火といっしょに、田んぼを歩きました。
火が通ったあとの稲が、円形に倒れてました。
ミステリーサークルみたいな模様ができてました。
上から見たら、大きな文字になってました。
「永」
田んぼ全体で、「永遠」の「永」の字を描いてました。
「これ、メッセージ?」
「そう。空から見る人へのメッセージ」
空から? だれが空から見るんだろう。
鬼火たちが、また集まってきました。
今度は、もっとたくさん。百個、千個、もっと。
田んぼが、青い光の海になりました。
その光の中に、いろんな顔が見えました。
子ども、大人、老人、赤ちゃん。
知ってる顔もありました。
3年前に死んだ、ぼくのおじいちゃんの顔も見えました。
「健太」
おじいちゃんの火が言いました。
「元気にしてる」
「おじいちゃん! どこにいるの?」
「ここにいる。ずっとここにいる」
おじいちゃんの火が、ぼくの周りを回りました。
あたたかい風が吹きました。おじいちゃんのにおいがしました。
「8月13日から、みんないっしょ」
「死んだ人も?」
「死も生も、もう関係ない」
朝になりました。
でも、鬼火は消えませんでした。
太陽が3つ昇っても、青い火は燃え続けてました。
昼間の鬼火は、透明に近くなりましたが、確かにそこにありました。
学校に行く途中も、鬼火がついてきました。
教室に入ったら、ほかの子の周りにも鬼火がいました。
みんな、だれかの鬼火を連れてました。
死んだ家族、死んだペット、知らない人の鬼火。
教室が、青い光でいっぱいになりました。
先生が言いました。
「今日から、鬼火も生徒です」
鬼火用の席も用意されてました。
透明な椅子に、青い火が座ってました。
今、夜です。
でも、朝でもあり、昼でもあります。
鬼火たちは、まだ田んぼの上で踊ってます。
永遠に踊り続けるみたいです。
ぼくのおじいちゃんの火も、楽しそうに踊ってます。
明日も、鬼火といっしょに過ごします。
死んだ人と、生きてる人が、いっしょに永遠の8月を生きる。
それが、新しい世界のルールみたいです。
窓の外で、鬼火たちが新しい文字を作ってます。
「アリガトウ」
だれに向けた、ありがとうなんだろう。
担任教師の赤ペンコメント:
おじいさまの鬼火にまた会えたのですね。本当によかった。死んだ人と生きている人が共にすごす、永遠の8月。それは、こわいことかもしれないけれど、健太くんの日記を読んでいると、とても温かくて、やさしい世界なのだと感じられます。先生たちのまわりをとんでいる鬼火も、きっと、わたしたちに会いに来てくれた大切な人たちなのでしょうね。




