表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/45

第32話 8月19日 - 斎藤理恵「垢嘗め」

■お風呂場の異変


 きょうも8月13日です。永遠の8月13日。


 夜、お風呂に入ってたら、へんな音がしました。


 ペロペロペロって、何かをなめる音でした。


 最初は、猫かなって思いました。でも、うちに猫はいません。


 音は、お風呂場の隅から聞こえてきました。


 湯船から出て、そっと見てみました。


 小さな何かが、壁をなめてました。


 人間の子どもくらいの大きさで、全身が赤茶色でした。髪の毛はぼさぼさで、着物みたいなボロ布を着てました。


 垢嘗めでした。


 お風呂場の垢をなめる妖怪です。


 「きゃっ!」


 思わず声を出してしまいました。


 垢嘗めが、こっちを向きました。


 大きな目と、長い舌が見えました。舌は、30センチくらいありました。


 「ごめんなさい、おどろかせて」


 垢嘗めが、ていねいに謝りました。子どもみたいな声でした。


 「おいしい垢があったもので」


■透明になる体験


 「垢がおいしいの?」


 「はい。特に、8月13日からの垢は格別です」


 垢嘗めが、うれしそうに言いました。


 「時間が混ざった垢は、いろんな味がする」


 へんな話だけど、こわくはありませんでした。


 8月13日から、もっとへんなことがたくさん起きてるから。


 「あの、お願いがあるんですが」


 垢嘗めが、もじもじしながら言いました。


 「あなたの垢も、なめさせてもらえませんか?」


 「えっ?」


 「少しだけ。腕のところだけでいいので」


 なんだか断れない感じだったので、左腕を出しました。


 垢嘗めが、長い舌で、ぺろっとなめました。


 くすぐったいような、ひんやりするような、不思議な感じでした。


 なめられたところを見たら、透明になってました。


 皮膚が、ガラスみたいに透けて、中の血管や筋肉が見えました。


 「わっ!」


 「だいじょうぶ。一週間で元に戻ります」


 垢嘗めが説明してくれました。


 「垢と一緒に、時間の層もなめとっちゃうんです」


 「時間の層?」


 「皮膚には、生まれてからの時間が層になって積もってる」


 透明になった腕をよく見たら、たしかに層が見えました。


 一番外側が10歳、その下が9歳、8歳、7歳...


 年輪みたいに、時間の層がありました。


■町中の透明な人々


 次の日、学校に行ったら、みんなも透明になってました。


 顔が透明な子、足が透明な子、お腹が透明な子。


 「垢嘗めに会った?」


 山田くんに聞いたら、「うん」って言いました。


 山田くんは、ほっぺたが透明でした。骨と歯が見えてて、ちょっとこわかったです。


 「でも、便利だよ」


 山田くんが言いました。


 「体の中が見えるから、病気がすぐわかる」


 たしかに、保健室の先生も喜んでました。


 「みんなの健康状態が一目でわかるわ」


 でも、先生の額も透明でした。脳みそが見えてました。


 給食の時間、透明な口で食べ物を噛む様子が見えて、ちょっと食欲がなくなりました。


 でも、だんだん慣れてきました。


 むしろ、面白くなってきました。


 心臓が動くのが見えたり、食べ物が胃に落ちるのが見えたり。


 理科の授業みたいでした。


 放課後、また垢嘗めに会いました。


 今度は、学校のプールにいました。


 「プールの垢も、なめるの?」


 「はい。特に、8月13日のプールの垢は特別です」


 「どう特別なの?」


 「いろんな時代の子どもたちの垢が混ざってる」


 垢嘗めが、プールの底をなめました。


 すると、プールの水が透明を超えて、キラキラ光り始めました。


 虹色に光る、きれいな水になりました。


 「これが、時間の輝き」


 垢嘗めが言いました。


 「垢を取り除くと、純粋な時間が見える」


 プールに入ってみました。


 光る水に包まれると、体全体が透明になりました。


 そして、自分の中のいろんな時間が見えました。


 赤ちゃんの自分、幼稚園の自分、今の自分。


 全部が層になって、同時に存在してました。


 今、お風呂で日記を書いてます。


 また垢嘗めが来ないかな、って待ってます。


 今度は、どこをなめてもらおうかな。


 全身透明になったら、どんな感じだろう。


 時間の層が全部見えたら、生まれる前も見えるかな。


 垢嘗めが、壁の向こうで舌なめずりしてる音がします。


 「理恵ちゃん、また垢がたまったね」


 うれしそうな声です。


 永遠の8月13日は、永遠に垢がたまるのかもしれません。


 でも、それを楽しみにしてる妖怪がいるなら、それもいいかな。


担任教師の赤ペンコメント:

あかなめさんとのふしぎな出会い、とても面白かったです。体が透明(とうめい)になるなんて、びっくりしたでしょう。でも、自分の時間の(そう)が見えるなんて、少ししんぴてきでもありますね。理恵さんの言う通り、きれいな時間が見えるのなら、先生も少しだけなめてもらいたくなりました。自分の「あか」と向き合うのも、大切なことかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ