第31話 8月18日 - 宮崎大地「一反木綿」
■空を飛ぶ白い布
きょうも8月13日です。何回目かは、もうだれも覚えてません。
朝、洗濯物を干してたら、へんなものが飛んできました。
白い布でした。
シーツみたいに大きくて、ひらひら飛んでました。風に飛ばされた洗濯物かなって思いました。
でも、風は吹いてませんでした。
布は、自分で飛んでました。くねくねと体をくねらせながら、空を泳ぐみたいに飛んでました。
「一反木綿だ!」
妖怪の一反木綿でした。
布が、ぼくの頭の上をくるくる回りました。
そして、ゆっくり降りてきて、ぼくの前で止まりました。
「乗ってみる?」
布から声が聞こえました。やさしい女の人の声でした。
「しゃべれるの?」
「8月13日から、しゃべれるようになった」
一反木綿が、端っこをひらひらさせました。手招きしてるみたいでした。
「こわくない?」
「大丈夫。落とさないから」
■30年前の町の上空
一反木綿に乗りました。
布は、ふわふわして気持ちよかったです。お母さんが干したばかりのシーツみたいな、太陽のにおいがしました。
「しっかりつかまって」
一反木綿が言った瞬間、ぐんと上昇しました。
あっという間に、屋根より高く飛びました。
町が、小さく見えました。
でも、へんな町でした。
半分は今の町、半分は昔の町でした。
境界線がはっきり見えました。まるで、2枚の写真を半分ずつ貼り合わせたみたいでした。
「あっちが、30年前の町」
一反木綿が、左側を示しました。
瓦屋根の家ばかりで、田んぼが多くて、車が少ない町でした。
「こっちが、今の町」
右側は、ぼくの知ってる町でした。
「8月13日から、時代が半分ずつになった」
一反木綿が、境界線の上を飛びました。
下を見たら、同じ場所に2つの時代の人がいました。
昭和32年の子どもと、昭和62年の子どもが、同じ公園で遊んでました。
お互いに見えてるみたいで、いっしょにブランコに乗ってました。
■降りた場所は30年前
「どこか行きたいところある?」
一反木綿が聞きました。
「学校に行ってみたい」
学校の上空に着きました。
時計塔は、まだ壊れたままでした。でも、30年前の側を見たら、時計塔が無事でした。
同じ場所に、壊れた時計塔と、無事な時計塔が、重なって見えました。
「降りてみる?」
一反木綿が、ゆっくり降下しました。
校庭に降りました。
でも、降りた瞬間、景色が変わりました。
全部が、30年前になってました。
子どもたちが、昔の体操服を着て遊んでました。
「あれ、新入りか?」
男の子が声をかけてきました。
「ぼく、大地」
「俺は大地だ」
えっ? 同じ名前?
よく見たら、その子は、ぼくにそっくりでした。
「もしかして、30年前の、ぼく?」
「そうだよ。昭和32年の宮崎大地」
30年前の自分と会ってしまいました。
「8月13日から、みんな会えるようになった」
30年前の大地が言いました。
「同じ名前、同じ顔の子が、30年ごとにいる」
「どうして?」
「わからない。でも、運命なんだと思う」
一反木綿が、また飛んできました。
「そろそろ戻ろう」
一反木綿に乗って、現在に戻りました。
でも、30年前の大地の言葉が、頭に残ってました。
「また会おう。次の8月13日に」
次の8月13日。それは明日かもしれないし、30年後かもしれない。
家に帰って、アルバムを見ました。
お父さんの子どものころの写真がありました。
お父さんの友だちの中に、「宮崎大地」って名前の子がいました。
顔は、ぼくにそっくりでした。
もしかしたら、お父さんの友だちじゃなくて、30年前のぼくだったのかもしれません。
今、一反木綿が、窓の外を飛んでます。
また乗せてもらおうと思います。
今度は、もっと昔に行ってみたいです。
60年前、90年前、もっと昔。
そこにも、宮崎大地がいるのかな。
みんな同じ顔で、同じ夏休みを過ごしてるのかな。
一反木綿が、窓をコンコンたたきました。
「散歩に行こう」って誘ってるみたいです。
空の散歩。時間の散歩。
永遠の8月の空を、永遠に飛び続ける。
それも、悪くないかもしれません。
担任教師の赤ペンコメント:
一反もめんでの空の旅、先生も乗せてほしいな。30年前の自分に会うなんて、どんな気持ちだったかしら。きっと、少しはずかしくて、でも、とてもふしぎで、うれしかったでしょうね。たくさんの「宮崎大地」くんが、それぞれの時代でこの夏を生きている。そう思うと、わたしたちはけっして一人ぼっちではないのだと、勇気がわいてきます。




