表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

第3話 7月22日 - 鈴木美咲「おばあちゃんちの夏」

■古い家への到着


 きのうから、おばあちゃんちに来ています。


 おばあちゃんちは、バスで2時間くらいかかる山の中にあります。バスのまどから外を見てたら、だんだん家が少なくなって、田んぼと山ばかりになりました。バスの中は、おじいさんとおばあさんばかりで、子どもはわたし一人でした。


 バスをおりると、せみの声がすごくて、耳がいたくなるくらいでした。でも、そのせみの声に、ときどきへんな音がまざってました。「カエレ、カエレ」って聞こえるような気がしました。お母さんに言ったら、「つかれてるのよ」って言われました。


 おばあちゃんちまでの道は、じゃり道です。あるくたびに、ジャリジャリって音がします。その音が、だれかがうしろをついてくるみたいに聞こえました。ふりかえっても、だれもいませんでした。でも、足音だけは聞こえるんです。


 おばあちゃんちは、すごく古い家です。かわらの屋根で、かべは土でできてます。げんかんのとびらは、木でできてて、ギィィって音がします。その音が、だれかの声みたいに聞こえました。「よく来たね」って言ってるみたいでした。


 家の中に入ると、たたみのにおいがしました。い草のにおいです。でも、そのにおいにまざって、へんなにおいもしました。あまいような、すっぱいような、今までかいだことのないにおいです。おばあちゃんは、「きのうから、このにおいがするのよ」って言ってました。


 おくの部屋には、大きなぶつだんがあります。ぶつだんには、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの写真がかざってあります。白黒の写真で、二人ともまじめな顔をしてます。でも、その写真を見てると、目が動いたような気がしました。こっちを見てるみたいでした。


■おばあちゃんの変化


 おばあちゃんは、73歳です。でも、きのう会ったときより、ちょっと若く見えました。


 「おばあちゃん、かみの毛、黒くなった?」って聞いたら、「そうかしら」って笑いました。でも、かがみを見たおばあちゃんの顔が、びっくりしてました。本当にかみの毛が黒くなってたんです。きのうは白がまざってたのに、今日はほとんど黒でした。


 おひるごはんのとき、おばあちゃんの手を見ました。しわが少なくなってました。きのうは、しわしわだったのに、今日はつるつるしてます。おばあちゃんも気づいてて、「ふしぎねぇ」ってくびをかしげてました。


 ごはんを食べてるとき、おばあちゃんが昔の話をしました。「わたしが20歳のころ、この家であることがあったのよ」って。でも、話のとちゅうで、「あれ?20歳?いや、50歳だったかしら」って、こんらんしてました。じぶんの年がわからなくなってるみたいでした。


 おやつの時間に、おばあちゃんといっしょに、アルバムを見ました。古い写真がたくさんありました。おばあちゃんの若いころの写真もありました。


 「これ、18歳のときよ」っておばあちゃんが言いました。


 その写真を見て、びっくりしました。今のおばあちゃんと、そっくりだったんです。きのうまでは、ぜんぜんにてなかったのに、今日のおばあちゃんは、写真とおなじ顔でした。


 「おばあちゃん、若がえってる」って言ったら、おばあちゃんは、かがみを見ました。そして、「本当だわ」って、こわそうな声で言いました。


■仏壇の異変


 夜、ぶつだんにお線こうをあげに行きました。


 お線こうのけむりが、へんな形になりました。人の顔みたいな形です。目と鼻と口があって、何か言いたそうにしてました。けむりなのに、しばらく形がくずれませんでした。


 ぶつだんの中を見たら、いはいがありました。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんのいはいです。黒いふだに、金色の字で名前が書いてあります。


 でも、その字が、ぼやけて見えました。目をこすってもう一度見たら、字がかわってました。さっきまで「正雄」って書いてあったのに、「正子」になってました。男の人の名前が、女の人の名前にかわったんです。


 おばあちゃんをよんで、「いはいの字がかわってる」って言いました。おばあちゃんが見たら、また「正雄」にもどってました。「目のさっかくよ」っておばあちゃんは言いました。でも、おばあちゃんの声はふるえてました。


 ねる前に、もう一度ぶつだんを見に行きました。こんどは、いはいが3つになってました。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんのほかに、もう一つありました。そのいはいには、何も書いてありませんでした。まっ黒なふだでした。


 でも、よく見ると、うっすらと字が見えました。「み」って書いてあるような気がしました。わたしの名前も「みさき」だから、「み」からはじまります。こわくなって、へやににげかえりました。


 ふとんに入ってから、天じょうを見てました。古い木の天じょうで、ところどころに、しみがあります。そのしみが、顔に見えました。たくさんの顔が、こっちを見てるみたいでした。


 目をつぶると、おばあちゃんの声が聞こえました。「みーちゃん、みーちゃん」って。おばあちゃんは、わたしのことを「みーちゃん」ってよびます。でも、その声が、だんだん若くなっていきました。さいごは、女の子の声になりました。


 夜中に、トイレに行きました。ろうかを歩いてると、おばあちゃんの部屋から光がもれてました。そっとのぞいてみました。


 おばあちゃんが、かがみの前にすわってました。じぶんの顔を見てました。でも、かがみにうつってる顔は、おばあちゃんじゃありませんでした。若い女の人の顔でした。20歳くらいの、きれいな人でした。


 おばあちゃんが、かがみにむかって何か言ってました。


 「あと何日?」


 かがみの中の人が、口を動かしました。声は聞こえなかったけど、口の形で「22」って言ってるみたいでした。


 こわくなって、へやにもどりました。ふとんをかぶって、めをつぶりました。


 朝になって、おばあちゃんに会いました。きのうより、もっと若くなってました。60歳くらいに見えました。かみの毛は、まっ黒でした。


 「おはよう、みーちゃん」っておばあちゃんが言いました。


 声も若くなってました。でも、目はこわそうでした。じぶんでも、何がおきてるかわからないみたいでした。


 朝ごはんのとき、おばあちゃんが言いました。


 「きょうは7月22日よね?」


 「うん」ってこたえました。


 「まだ7月なのね。8月13日まで、まだ時間があるわね」


 「8月13日がどうしたの?」って聞いたら、おばあちゃんは首をふりました。


 「わからない。でも、その日に何かがおきる気がするの」


 テレビをつけたら、ニュースをやってました。アナウンサーのおじさんが、「きょうは7月22日です」って3回も言いました。へんだなって思いました。


 外を見たら、空が赤っぽい色でした。夕やけみたいな色だけど、まだ朝の9時です。その空を見てたら、小さな黒い点が見えました。鳥かなって思ったけど、動きませんでした。ずっと同じところに、うかんでました。


 おばあちゃんちには、古い時計があります。ボーンボーンってなる、大きな時計です。その時計が、10時をしらせました。でも、10回じゃなくて、13回なりました。おばあちゃんも、「あら、おかしいわね」って言ってました。


 にわに出てみました。にわには、古い井戸があります。ふたがしてあって、使ってません。でも、その井戸から、音が聞こえました。水の音です。ポチャン、ポチャンって。


 ふたのすきまから、のぞいてみました。まっ暗で何も見えませんでした。でも、ずっと見てたら、下の方に、小さな光が見えました。赤い光でした。


 その光が、だんだん大きくなってきました。上にあがってくるみたいでした。こわくなって、にげました。


 へやにもどって、日記を書いてます。


 おばあちゃんは、今、50歳くらいに見えます。お母さんと同じくらいです。


 このまま若くなりつづけたら、さいごはどうなるんだろう。赤ちゃんになっちゃうのかな。それとも、きえちゃうのかな。


 ぶつだんのいはいは、今、5つになってます。ぜんぶ、字がかわってます。読めない字ばかりです。


 明日は、お母さんがむかえに来ます。早く帰りたいです。でも、バスが来るかな。きのう、バスていを見たら、時こく表がまっ白でした。


 今、おばあちゃんがよんでます。声が、女の子みたいです。


 もう行かなきゃ。


【先生の赤ペンコメント】

美咲さん、おばあちゃんのおうちでの日記、ありがとう。おばあちゃんがどんどん若くなっていくなんて、まるでまほうみたいね。美咲さんが遊びに来てくれて、おばあちゃんが元気になったのかな。先生もうれしいです。これからも、おばあちゃんを大切にしてあげてね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ