第29話 8月16日 - 武田秀樹「河童の皿」
■川での出会い
きょうは8月13日の4回目。カレンダーには「8月∞日」って書いてあります。もう数えるのをやめたみたいです。
朝、川に釣りに行きました。
川の水が、きのうとちがってました。透明だったのに、緑色になってました。抹茶みたいな、濃い緑色でした。
釣り糸をたらしてたら、何かが引っかかりました。
重くて、ぐいぐい引っ張られました。大きな魚かなって思って、がんばって引き上げました。
でも、釣れたのは魚じゃありませんでした。
河童でした。
緑色の体、頭の上の皿、くちばしみたいな口。本物の河童でした。
「いてて、針が刺さった」
河童が、人間の言葉でしゃべりました。子どもの声でした。
「ごめん!」
あわてて針を外しました。
河童は、ぺこりと頭を下げました。
「ありがとう。お礼にきゅうりをあげる」
河童が、どこからかきゅうりを出しました。水の中から出したみたいでした。
「ぼく、カッパのかっちゃん」
「ぼくは、秀樹」
「ひでき、いい名前だね」
■頭の皿の秘密
かっちゃんと友だちになりました。
いっしょに川で泳ぎました。
かっちゃんは、すごく泳ぎが上手でした。水の中を、魚みたいにすいすい泳ぎました。
「ひできも、河童になれるよ」
かっちゃんが言いました。
「どうやって?」
「ぼくの皿の水を飲めばいい」
かっちゃんが、頭を傾けました。
皿から、水がこぼれそうになりました。
「でも、これ、コーラなんだ」
「コーラ?」
よく見たら、皿の中の水が、黒くて泡立ってました。
「8月13日から、なぜかコーラになった」
かっちゃんが、皿の水を手ですくって、ぼくにくれました。
飲んでみたら、本当にコーラでした。しゅわしゅわして、甘くて、ちょっとピリピリしました。
飲んだ瞬間、体が変わりました。
手に、水かきができました。
息を止めてなくても、水の中で息ができました。
頭を触ったら、へこみがありました。小さな皿ができてました。
「やった! ひできも河童だ!」
かっちゃんが喜びました。
■水中の町
かっちゃんに連れられて、川の底に行きました。
川の底に、町がありました。
河童の町でした。
家があって、お店があって、学校もありました。ぜんぶ、水の中にありました。
でも、よく見たら、地上の町とそっくりでした。
同じ形の家、同じ名前のお店、同じ校舎の学校。
「これ、ぼくたちの町?」
「うん。8月13日に、水の中にもできた」
水中の町には、河童がたくさんいました。
でも、その河童たちをよく見たら、知ってる顔でした。
山田くんの河童、佐藤さんの河童、田中くんの河童。
クラスのみんなの河童バージョンがいました。
「みんな、二人いるの?」
「ううん。半分ずつ」
かっちゃんが説明してくれました。
8月13日から、みんな二つに分かれたそうです。
地上の自分と、水中の自分。
人間の自分と、河童の自分。
「でも、記憶は共有してる」
たしかに、河童の山田くんが、ぼくを見て手を振りました。
「よう、秀樹! 河童になったんだ」
地上の山田くんと同じ声、同じしゃべり方でした。
水中の学校に行きました。
教室で、河童たちが勉強してました。
黒板に、へんなことが書いてありました。
「永遠の方程式」
「8月13日 × ∞ = ?」
河童の先生が言いました。
「答えは、みんなの中にある」
ぼくの頭の皿に、答えが浮かんできました。
水面に、文字が映りました。
「今」
8月13日を無限に掛けたら、「今」になる。
永遠の今。
それが、ぼくたちの生きてる時間。
夕方、地上に戻りました。
体は、人間に戻ってました。
でも、頭に小さな皿の跡が残ってました。
髪の毛で隠れてるけど、触るとへこんでます。
今、お風呂に入ってます。
湯船に潜ったら、また河童になりました。
水の中では河童、地上では人間。
これが、新しいぼくの姿です。
明日は、水中の学校に行ってみます。
河童の自分と、もっと仲良くなりたいです。
そして、永遠の方程式の、本当の答えを見つけたいです。
皿の中のコーラが、ぽこぽこ泡立ってます。
何かを伝えようとしてるみたいです。
担任教師の赤ペンコメント:
かっちゃんとのゆうじょう、ステキなお話ね。水の中の町、もう一人の自分。秀樹くんの世界は、二倍に広がったのね。「永遠の方程式」のこたえが「今」だなんて、むずかしいけど、本当のことだと思います。わたしたちは、えいえんの「今」を生きているのですね。先生も、今度水の中の学校に、見学に行ってもいいかしら。




