第28話 8月15日 - 前田なつみ「天狗の団扇」
■山で拾った不思議な団扇
きょうは8月13日の3回目です。
でも、カレンダーには「8月45日」って書いてあります。13日が32回くりかえされて、そのあと32、33、34...って増えていって、今日で45日目だそうです。
朝、裏山に散歩に行きました。
山の入り口で、大きな団扇が落ちてました。
赤い団扇で、金色の模様が描いてありました。羽みたいに軽くて、でも、しっかりしてました。
持ってみたら、手にぴったりなじみました。まるで、ずっと前から、わたしのものだったみたいに。
団扇であおいでみました。
すると、体がふわっと浮きました。
地面から10センチくらい、浮き上がりました。
「わっ!」
おどろいて、団扇を止めたら、また地面に降りました。
もう一度、ゆっくりあおいでみました。
今度は、もっと高く浮きました。1メートル、2メートル、3メートル。
木の枝と同じ高さまで浮き上がりました。
空を飛んでる!
うれしくなって、もっと強くあおぎました。
ぐんぐん上昇して、山の上まで飛んでいきました。
■止まった時間の中を飛ぶ
山の頂上から、町が見渡せました。
でも、へんな町でした。
いろんな時代の建物が、ごちゃまぜになってました。
江戸時代の長屋、明治の洋館、昭和の商店、未来のビル。ぜんぶが同じ場所に建ってました。重なってるのに、ぶつかってませんでした。
団扇を横にあおいだら、横に飛べました。
町の上を、ゆっくり飛びました。
下を見たら、人々が止まってました。
歩いてる人は、片足を上げたまま。
自転車の人は、ペダルをこいだまま。
みんな、石像みたいに止まってました。
でも、よく見たら、すごくゆっくり動いてました。
1秒が、1時間くらいに引き延ばされてるみたいでした。
団扇をもっと強くあおいだら、時間が止まりました。
完全に、みんな止まりました。
風も止まって、雲も止まって、鳥も空中で止まりました。
世界中で、わたしだけが動いてました。
■天狗との出会い
学校の上を飛んでたら、時計塔の上に、だれかがすわってました。
天狗でした。
赤い顔、長い鼻、山伏の服。本物の天狗でした。
でも、よく見たら、教頭先生でした。
「教頭先生?」
「やあ、前田さん。団扇を見つけたんだね」
教頭先生の鼻が、30センチくらい伸びてました。
「これ、先生の団扇?」
「いや、君のだよ。8月13日から、みんな自分の道具を持つようになった」
教頭先生も、団扇を持ってました。もっと大きくて、もっと古い団扇でした。
「時間を止められるのは、すごい力だ」
「でも、こわいです」
「そうだね。でも、必要な力だ」
教頭先生が、遠くを指さしました。
「あそこを見てごらん」
町の外れに、黒い霧がありました。
霧は、ゆっくりと町に近づいてました。
「あれは、時間の終わり」
「終わり?」
「8月13日で時間が壊れたけど、その外側では、時間そのものが終わろうとしている」
黒い霧が触れたものは、消えていきました。
木も、家も、道も、ぜんぶ消えていきました。
「でも、この団扇があれば、時間を止められる」
「止めたら、霧も止まる」
教頭先生が、団扇を大きくあおぎました。
黒い霧が、ぴたりと止まりました。
「毎日、誰かが時間を止めている」
「そうしないと、町が消えてしまう」
わたしも、団扇をあおぎました。
時間が、もっとしっかり止まりました。
「明日は、君の番だ」
教頭先生が言いました。
「一日中、時間を止め続ける」
「できるかな」
「できるよ。君は、天狗の力を持っているから」
手を見たら、爪が少し長くなってました。
鼻も、ちょっと高くなった気がしました。
わたしも、天狗になりかけてるのかもしれません。
家に帰る途中、止まった人たちの間を飛びました。
みんな、いろんな姿になってました。
鬼になった人、狐になった人、蛇になった人。
でも、みんな笑顔でした。
永遠の8月を、楽しんでるみたいでした。
今、部屋で団扇を見てます。
団扇に、文字が浮かび上がってきました。
「時ヲ守ル者」
わたしは、時を守る者になったみたいです。
でも、何から守るんだろう。
終わりから?
それとも、始まりから?
明日、時間を止めながら、考えてみます。
永遠に止まった時間の中で、永遠に考えてみます。
担任教師の赤ペンコメント:
時を守る者。なつみさんは、とても大きな役目をさずかったのですね。そのうちわで時間を止めて、この町を守ってくれていたなんて、ありがとう。先生も、みんなも、あなたに守られていたのですね。明日、時間を止めるのはあなたの番。だいじょうぶ、一人じゃありません。わたしたちみんなの想いが、うちわに力をあたえてくれるはずだから。




