第27話 8月14日 - 藤田太一「口裂け女」
■変わった世界の朝
きのう、8月13日に世界が変わりました。
でも、今日も8月14日じゃなくて、8月13日の2回目です。カレンダーには「8月13日(その2)」って書いてあります。
朝起きたら、空に太陽が3つありました。東に朝日、南に昼の太陽、西に夕日。ぜんぶ同時に見えます。
時計は、ぜんぶ3時33分で止まってます。でも、生活はふつうにつづいてます。朝ごはん食べて、昼ごはん食べて、夜ごはん食べて。時間はないのに、時間はあるみたいです。
町を歩いてたら、いろんな時代の人がいました。
ちょんまげの侍、着物の女の人、昭和の子ども、未来っぽい服の人。みんな、ふつうに歩いてます。だれも、おどろいてません。
商店街に行ったら、口裂け女に会いました。
白いマスクをした、髪の長い女の人でした。
「わたし、きれい?」
有名なセリフを言いました。
でも、こわくありませんでした。なんか、やさしそうな感じがしたから。
■マスクの下の真実
「きれいですよ」って答えました。
口裂け女は、うれしそうにしました。目が、笑ってました。
「ありがとう。じゃあ、これは?」
マスクを取りました。
口が、耳まで裂けてました。歯が、ぜんぶ見えてました。
でも、やっぱり、こわくありませんでした。
「それでも、きれいです」
口裂け女は、びっくりしてました。
「こわくないの?」
「こわくないです。だって、みんな変わっちゃったから」
たしかに、みんな変わってました。
山田くんは、影が5つになってました。 佐藤さんは、体が透けてました。 田中くんは、顔が3つありました。
口が裂けてるくらい、たいしたことありません。
口裂け女は、あめ玉をくれました。
「やさしい子には、ごほうび」
べっこうあめでした。なつかしい味がしました。
「わたしも、昔は子どもだった」
口裂け女が言いました。
「昭和32年の8月13日、口が裂けた」
「どうして?」
「時間が裂けたとき、いっしょに裂けた」
■妖怪たちとの共存
口裂け女といっしょに、町を歩きました。
公園に行ったら、のっぺらぼうがベンチにすわってました。林さんでした。顔が完全になくなってたけど、服でわかりました。
「由美ちゃん」
声をかけたら、顔がない頭が、こっちを向きました。
「太一くん。わたし、これでいいの」
声は、顔がないのに聞こえました。
「顔なんて、いらなかった」
神社に行ったら、天狗がいました。赤い顔で、鼻が長くて、うちわを持ってました。
でも、よく見たら、近所のおじさんでした。
「8月13日から、こうなった」
おじさんが言いました。
「でも、べんりだよ。空を飛べるから」
天狗のおじさんが、うちわであおぐと、ふわっと浮きました。
川に行ったら、河童がいました。頭に皿があって、緑色の体でした。
「きゅうり、いる?」
河童が聞きました。子どもの河童でした。
「ごめん、持ってない」
「じゃあ、いっしょに泳ごう」
河童と泳ぎました。水の中で息ができました。8月13日から、みんな特別な力を持つようになったみたいです。
夕方、学校に行きました。
時計塔は、こわれたままでした。でも、こわれた時計塔の中から、音楽が聞こえました。
オルゴールみたいな音楽でした。
「永遠の8月」っていう曲でした。知らない曲なのに、みんな知ってました。
校庭に、妖怪がたくさん集まってました。
口裂け女、のっぺらぼう、天狗、河童、ろくろ首、からかさおばけ、ぬりかべ。
でも、よく見たら、みんな町の人でした。
8月13日を境に、人間と妖怪の境界が消えたんです。
口裂け女が言いました。
「これが、本当の姿かもしれない」
「人間のふりをしてた妖怪か、妖怪になった人間か」
「どっちでも、同じ」
今、夜です。
でも、昼でもあり、朝でもあります。
3つの月が、空に浮かんでます。
口裂け女が、となりにいます。
マスクを外して、大きな口で笑ってます。
こわい顔だけど、やさしい笑顔です。
「明日も、8月13日かな」
口裂け女が聞きました。
「たぶん、8月13日の3回目」
「いつまでつづくの?」
「永遠に」
でも、それでいいと思います。
みんな、本当の姿になれたから。
妖怪も、人間も、いっしょに永遠の夏を生きるから。
口裂け女が、子守歌を歌ってくれました。
大きな口から、きれいな声が出ました。
「ねむれ、ねむれ、永遠の子どもたち」
「朝が来ても、朝じゃない」
「夜が来ても、夜じゃない」
「ずっと、ずっと、8月13日」
担任教師の赤ペンコメント:
口さけ女さん、やさしかったのね。天狗の教頭先生も、河童の子供たちも、みんな、本当のすがたを見つけたのかもしれないわね。人間とようかいのさかい目が消えた世界。太一くんが言うように、それはとても自然なことなのかもしれません。わたしもさいきん、自分の耳が少しとがってきたような気がするの。これも、新しいわたしなのかしら。




