第24話 8月12日 - 長谷川修一「神隠しの森」
■消えた友達
きょう、友だちの健太が消えました。
朝、いっしょに鎮守の森に虫とりに行きました。森は、神社の裏にある古い森で、大きな木がいっぱい生えてます。
カブトムシをさがして、森の奥に入っていきました。
健太が、大きなクヌギの木を見つけました。
「あそこにいそうだ!」
健太が走っていきました。ぼくも後を追いました。
でも、健太が木のかげに入った瞬間、消えました。
パッと、けむりみたいに消えちゃったんです。
「健太!」
さけんだけど、返事はありませんでした。
木のまわりをさがしたけど、どこにもいませんでした。
足跡も、とちゅうで消えてました。
木のところまでは足跡があるのに、そこから先がないんです。
まるで、空に飛んでいったみたいでした。
■10歳老けて帰ってきた
3時間後、健太が帰ってきました。
でも、へんでした。
健太の顔が、老けてたんです。
10歳の健太が、20歳くらいに見えました。
背も高くなってて、声も低くなってました。
「健太?」
「うん、ぼくだよ」
声は健太だけど、見た目がちがいすぎました。
「どこに行ってたの?」
「あっちの世界」
「あっち?」
「時間が速く流れる世界。3時間で10年たった」
健太が、手を見せてくれました。
手のひらに、しわがありました。大人の手でした。
「あっちには、ほかにも人がいた」
「だれ?」
「町の人たち。みんな、年を取ってた」
健太が言うには、森の奥に、べつの世界があるそうです。
そこでは、時間が10倍速で流れてて、1時間で10時間たつそうです。
「明日、みんなであっちに行く」
「明日?」
「8月13日。約束の日」
■森に集まる人々
夕方、もう一度森に行きました。
森の入り口に、人が集まってました。
子ども、大人、おじいさん、おばあさん、いろんな人がいました。
みんな、じっと森の奥を見てました。
「何を待ってるんですか?」
おばあさんに聞きました。
「時間が開くのを待ってる」
「時間が開く?」
「明日の3時33分、時間の扉が開く」
みんな、同じことを知ってるみたいでした。
8月13日、午後3時33分に、何かが起きることを。
森の奥から、光がもれてきました。
緑色の光でした。木の葉を通った光みたいな、やさしい光でした。
でも、その光の中に、人影が見えました。
たくさんの人が、光の中を歩いてました。
老けた子どもたち、若返った老人たち、いろんな年齢の人たちでした。
「あれは、未来の私たち」
おばあさんが言いました。
「明日、あの中に入る」
光が、だんだん強くなってきました。
森全体が、緑色に光りはじめました。
木が、葉っぱが、地面が、ぜんぶ光ってました。
そして、森から声が聞こえました。
たくさんの人の声でした。
「アシタ」 「サイゴ」 「ミンナ」 「イッショ」
家に帰ったら、健太から電話がありました。
「修一、ぼく、また老けた」
「えっ?」
「今、30歳くらいに見える」
健太の声が、もっと低くなってました。おじさんみたいな声でした。
「このままだと、明日には、おじいさんになっちゃう」
「どうすれば止められる?」
「わからない。でも、森に行けば、答えがあるかも」
今、夜中です。
窓から森が見えます。
森全体が、うっすらと光ってます。
呼吸してるみたいに、光が強くなったり弱くなったりしてます。
そして、森から、音楽が聞こえます。
笛の音みたいな、太鼓の音みたいな、不思議な音楽です。
お祭りの音楽みたいだけど、かなしい感じがします。
葬式の音楽みたいでもあります。
明日、8月13日。
ぼくたちは、森に入ります。
そして、たぶん、もう出てこられません。
10年後、100年後、1000年後に出てくるかもしれません。
それとも、永遠に森の中で、時間を飛び越えながら生きるのかもしれません。
今、健太からまた電話がありました。
でも、声が聞こえませんでした。
ただ、すーすーって、風の音みたいなのが聞こえるだけでした。
もしかしたら、健太は、もう人間じゃなくなったのかもしれません。
時間そのものになったのかもしれません。
あと1日。
いや、もう日付が変わったから、今日です。
8月13日になりました。
森の光が、急に強くなりました。
まるで、「おめでとう」って言ってるみたいです。
それとも、「ごめんなさい」って言ってるのかな。
担任教師の赤ペンコメント:
健太くんのこと、しんぱいでしたね。3時間で10年もたってしまう森…そこでは、わたしたちの知っている時間はつうじないのね。明日、みんなで森に入る。それがやくそくなのですね。修一くん、こわくないですか?…先生は、少しこわいです。でも、みんなと一緒なら、どんな時間の流れの中でも、きっとだいじょうぶ。わたしたちは、もう一人じゃないのだから。




