第23話 8月11日 - 岡田涼子「海の家の一週間」
■明日のニュースを流すラジオ
先週の日曜日から、家族で海に来ています。
海の家に泊まって、毎日海で遊んでます。スイカ割り、砂のお城作り、貝がら拾い、花火、楽しいことばかりです。
でも、きょうで5日目なのに、なんだか1週間以上いる気がします。
海の家のおじさんも、「涼子ちゃんたち、もう2週間もいるよね」って言いました。
でも、カレンダーを見たら、まだ5日しかたってません。
海の家には、古いラジオがあります。木でできた、大きなラジオです。おじさんが、いつもつけっぱなしにしてます。
でも、そのラジオから流れるニュースが、へんなんです。
きのうの朝、ラジオが言いました。
「明日、8月11日は、台風が接近します」
明日って言ったのに、きょう、本当に台風が来ました。
きょうの朝も、ラジオが言いました。
「明日、8月12日、午後3時33分に、大きな地震があります」
明日のニュースを、きょう言ってるんです。
おじさんに聞いたら、「このラジオは、ちょっと先の未来を受信するんだ」って言いました。
「いつから?」
「30年前の8月13日から」
■足跡が全部上を向いている砂浜
午後、砂浜を歩いてたら、へんなことに気がつきました。
砂浜の足跡が、ぜんぶ上を向いてるんです。
ふつう、歩いた方向に足跡がつくけど、ここの足跡は、ぜんぶ海から陸に向かってました。
海に入った人の足跡がないんです。みんな、海から出てきた足跡だけでした。
まるで、みんな海から歩いてきて、陸に上がったみたいでした。
自分の足跡を見たら、もっとへんでした。
ぼくは、陸から海に向かって歩いてるのに、足跡は逆向きについてました。
後ろ向きに歩いてるみたいな足跡でした。
お父さんとお母さんの足跡も、同じでした。
家族みんな、逆向きの足跡をつけながら歩いてました。
波打ちぎわで、貝がらを拾ってたら、波が変でした。
波が、海に向かって引いていくとき、何かを運んでました。
小さな人影みたいなものが、波といっしょに海に引きこまれていきました。
透明な、子どもくらいの大きさの影でした。
「だれか、海に引きこまれてる!」
お父さんに言ったけど、お父さんには見えないみたいでした。
でも、ぼくには見えます。波が引くたびに、透明な人影が海に運ばれていくのが。
■かき氷と記憶の味
海の家で、かき氷を食べました。
いちご味を頼んだのに、食べたら、ちがう味がしました。
なつかしい味でした。でも、何の味か思い出せません。
子どものころに食べた味? でも、ぼくはまだ子どもです。
もっと前、生まれる前に食べた味みたいでした。
海の家のおばさんが言いました。
「それは、記憶の味よ」
「記憶の味?」
「30年前の子どもたちの記憶」
かき氷を食べてたら、知らない記憶が浮かんできました。
昭和32年の夏の記憶でした。
同じ海の家で、同じかき氷を食べてる記憶でした。
でも、ぼくじゃない、べつの子の記憶でした。
その子も、涼子っていう名前でした。
30年前の涼子ちゃんの記憶が、かき氷の味といっしょに、ぼくの中に入ってきました。
そして、30年前の涼子ちゃんの最後の記憶も見えました。
8月13日、海で遊んでて、波にさらわれる記憶でした。
でも、死ぬ記憶じゃありませんでした。
海の底で、べつの世界に行く記憶でした。
永遠の夏がつづく世界に行く記憶でした。
夜、花火をしました。
線香花火をしてたら、火の玉が、へんな形になりました。
数字の形になりました。
「2」
あと2日で、8月13日。
花火の火が消えたあと、けむりが文字を作りました。
「海デ マッテル」
だれが待ってるんだろう。
30年前の子どもたちかな。
今、海の音を聞いてます。
ザザーン、ザザーンって、波の音がします。
でも、よく聞くと、声みたいにも聞こえます。
「オイデ、オイデ」
「モウスグ、モウスグ」
「ミンナ、イッショ」
明日の朝、ラジオは何て言うかな。
「明日、8月13日、世界が終わります」って言うのかな。
それとも、「明日、8月13日、永遠の夏が始まります」って言うのかな。
砂浜を見たら、新しい足跡がありました。
海から上がってきた、ぬれた足跡でした。
でも、だれもいません。
透明なだれかが、海から上がってきて、どこかに行ったみたいです。
もしかしたら、それは、明日のぼくの足跡かもしれません。
海から帰ってくる、未来のぼくの足跡かもしれません。
担任教師の赤ペンコメント:
家族旅行、楽しそうでなによりです。…未来のニュースが聞こえるラジオ、ふしぎですね。明日の地しん、本当に起きるのかしら。いえ、涼子さんの書くことだもの、きっと当たるのでしょうね。記おくの味のかき氷、先生も食べてみたいです。もし、本当に30年前の記おくの味がするのなら、それはどんな味がするのかしら。…海の「おさそい」には、気をつけて。どうか、波につれていかれないように。




