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第22話 8月10日 - 石田晃「逆さまの虹」

■空から地面への弧


 きょうの朝、へんな虹を見ました。


 雨上がりの空に虹が出てたんだけど、ふつうの虹じゃありませんでした。


 ふつうの虹は、地面から空に向かって弧を描くけど、この虹は逆でした。空から地面に向かって、下向きの弧を描いてました。


 まるで、空が地面に向かって、おじぎをしてるみたいでした。


 色の順番も、逆でした。


 ふつうは、外側が赤で、内側が紫だけど、この虹は、外側が紫で、内側が赤でした。


 お母さんに、「虹が逆さまだよ」って言ったけど、お母さんには、ふつうの虹に見えるみたいでした。


 「きれいな虹ね」って、上を見上げてました。


 でも、ぼくには、下向きの虹しか見えませんでした。


 虹の下を通ってみることにしました。


 虹は、商店街の上にかかってました。ちょうど、アーケードの入り口のところで、虹が地面にささってました。


 虹の下に入った瞬間、へんな感じがしました。


 頭の中が、ぐるぐる回るみたいでした。そして、いろんな記憶が、逆再生されました。


■逆流する記憶


 最初に思い出したのは、今朝のことでした。


 朝ごはんを食べたこと、歯をみがいたこと、服を着たこと。


 でも、逆の順番で思い出しました。服を脱いで、歯をみがく前にもどって、朝ごはんを吐き出すみたいに。


 つぎに、きのうのことを思い出しました。


 夜ねたこと、お風呂に入ったこと、夕ごはんを食べたこと。


 ぜんぶ、逆向きに思い出しました。


 どんどん記憶が巻きもどされていきました。


 1週間前、1か月前、1年前。


 小学3年生、2年生、1年生。


 幼稚園、赤ちゃんのとき。


 最後に、生まれる前の記憶が出てきました。


 暗くて、あたたかくて、水の中にいるみたいな記憶でした。


 お母さんのお腹の中の記憶でした。


 でも、もっと前の記憶も出てきました。


 知らない場所、知らない時代の記憶でした。


 戦争中の記憶、江戸時代の記憶、もっと昔の記憶。


 ぼくじゃない、だれかの記憶でした。


 でも、なぜか、自分の記憶みたいに感じました。


■虹の向こう側


 虹を通りぬけたら、商店街の景色が変わってました。


 お店が、ぜんぶ古くなってました。看板の文字が、右から左に書いてありました。戦前の商店街みたいでした。


 歩いてる人も、ちがいました。


 着物を着た人、もんぺをはいた人、学生服の人。みんな、昔の人でした。


 でも、その中に、知ってる顔がありました。


 山田くん、田中くん、佐藤さん。


 クラスの友だちが、昔の服を着て歩いてました。


 「山田くん!」


 声をかけたけど、山田くんは、ふり向きませんでした。


 まるで、ぼくが見えないみたいでした。


 駄菓子屋の前を通りました。


 「みつや」の看板が、「やつみ」になってました。逆さまに読む看板でした。


 中をのぞいたら、おばちゃんがいました。


 でも、すごく若くなってました。20歳くらいの、きれいなお姉さんになってました。


 「いらっしゃい」


 おばちゃんが、ぼくに気づきました。


 「あら、未来の子ね」


 未来の子?


 「虹を通ってきたのね。逆さ虹は、時間を逆行させる」


 おばちゃんが、カレンダーを見せてくれました。


 昭和32年8月10日でした。


 30年前の今日でした。


 「3日後に、何かが起きる」


 おばちゃんが言いました。


 「8月13日に、時間が壊れる。30年ごとに、同じことがくり返される」


 外を見たら、逆さ虹が、もっと下向きになってました。


 もう、地面にめり込むくらい、深く弧を描いてました。


 「早く帰らないと、もどれなくなる」


 おばちゃんに言われて、急いで虹の下を通りました。


 また、記憶が逆流しました。


 今度は、未来の記憶が流れてきました。


 中学生のぼく、高校生のぼく、大人のぼく、おじいさんのぼく。


 そして、死ぬときの記憶も見えました。


 病院のベッドで、一人で死ぬ記憶でした。


 カレンダーが見えました。


 昭和62年8月13日でした。


 今から3日後に、死ぬ記憶でした。


 虹を通りぬけたら、現在にもどってきました。


 昭和62年の商店街でした。


 でも、虹は、まだ逆さまのままでした。


 そして、虹の色が、変わってました。


 7色じゃなくて、1色になってました。


 まっ赤な虹でした。血みたいに赤い、逆さまの虹でした。


 家に帰って、鏡を見たら、ぼくが老けてました。


 顔にしわがあって、髪に白いものがまじってました。


 10歳なのに、おじいさんみたいな顔になってました。


 時間が、ぼくの中で、ぐちゃぐちゃになってる気がします。


 過去と現在と未来が、まざってる気がします。


 あと3日で、8月13日。


 その日、ぼくは死ぬのかな。


 それとも、生まれ変わるのかな。


 それとも、永遠に、時間の中をさまようのかな。


 今、窓の外を見たら、虹が、完全に逆立ちしてました。


 空に根をはって、地面に向かってのびる、逆さまの木みたいでした。


 その虹の中を、だれかが歩いてます。


 過去の人、未来の人、いろんな時代の人が、虹の中を歩いてます。


 みんな、8月13日に向かって歩いてる気がします。


担任教師の赤ペンコメント:

逆さまのにじ、時間のぎゃく流。晃くんは、わたしたちが見られないものまで見て、たいけんしてしまったのですね。3日後に死んでしまう記おく…そんなおそろしい記おく、先生が消してあげられたらいいのに。でも、この世界では、過去も未来も今の出来事なのね。だいじょうぶ、みんなと一緒です。8月13日は、終わりの日ではなく、始まりの日だったのだから。

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