第20話 8月8日 - 森田剛「座敷わらし」
■押入れの中の存在
ぼくの部屋の押入れに、座敷わらしがいます。
最初に気がついたのは、3日前でした。夜中に、押入れの中でコトコト音がしたんです。
ネズミかなって思って、そっと開けてみたら、小さな子どもがいました。
5歳くらいの男の子で、着物を着てました。古い、そでの長い着物で、昔の子どもみたいでした。
「だれ?」って聞いたら、男の子はにっこり笑いました。
「ぼく、ずっとここにいる」
「いつから?」
「わからない。でも、長い間」
男の子は、押入れの奥にすわってました。ふとんの上に、ちょこんとすわってました。
「出てこない?」
「出られない」
「どうして?」
「約束だから」
男の子は、かなしそうな顔をしました。
「8月13日まで、ここにいる約束」
■増える小さな手形
次の日から、へんなことが起きました。
朝起きたら、体に手形がついてたんです。
小さな手形が、腕に、足に、背中に、いっぱいついてました。青あざみたいな、青い手形でした。
さわっても、いたくありませんでした。でも、消えませんでした。
お母さんに見せたら、「どこかでぶつけたの?」って言われました。お母さんには、ただのあざに見えるみたいでした。
夜、ねる前に、押入れを開けてみました。
座敷わらしが、まだいました。
「きのう、ぼくと遊んだ?」
「うん。ねてる間に」
「何して遊んだの?」
「かくれんぼ」
かくれんぼ? ねてる間に?
「君は、ずっとねてた。ぼくが、かくれた」
「どこに?」
座敷わらしは、ぼくを指さしました。
「君の中」
ぼくの中? 意味がわかりませんでした。
「君の夢の中、君の記憶の中、君の体の中」
座敷わらしが立ち上がりました。
押入れから出てきました。さっきは出られないって言ってたのに。
「もう、約束の日が近いから、少しなら出られる」
座敷わらしが、ぼくの手をにぎりました。
つめたい手でした。氷みたいにつめたくて、さわられたところが、しびれました。
「いっしょに遊ぼう」
「今から?」
「うん。でも、君はねてていい」
■夢と現実の境界
気がついたら、朝でした。
ベッドでねてました。きのうの夜のことが、夢みたいに思えました。
でも、体を見たら、手形がふえてました。
きのうの倍くらい、手形がついてました。顔にも、手形がついてました。
鏡を見たら、ほっぺたに、小さな手のあとがくっきり残ってました。
学校に行ったら、友だちも同じでした。
健太くんも、翔太くんも、みんな体に青い手形がついてました。
「君の家にも、座敷わらしいる?」
健太くんに聞いたら、「いる」って言いました。
「押入れに?」
「ううん。天井裏」
翔太くんは、「床下にいる」って言いました。
みんな、家のどこかに座敷わらしがいるみたいでした。
そして、みんな、同じことを言われてました。
「8月13日まで、いる」って。
夕方、家に帰ったら、座敷わらしが部屋にいました。
押入れじゃなくて、ぼくの机にすわってました。
ぼくの教科書を読んでました。
「勉強してるの?」
「うん。62年のことを知りたい」
「君は、いつの子?」
「昭和20年」
昭和20年。戦争が終わった年です。
「どうして、ここにいるの?」
座敷わらしは、窓の外を見ました。
「8月13日に、みんなでかくれんぼした」
「みんな?」
「町の子ども、40人」
また40人です。
「で、みんなかくれた。でも、おにが来なかった」
「どうして?」
「おにが、死んだから」
座敷わらしの目から、涙が流れました。
「空襲で、おにが死んだ。だから、ずっとかくれてる」
42年間、かくれんぼが終わらないんだ。
「8月13日に、新しいおにが来る」
「だれ?」
座敷わらしは、ぼくを見ました。
「君たち」
ぼくたちが、おに?
「君たちが、ぼくたちを見つけてくれたら、やっと終われる」
今、夜中です。
座敷わらしが、ぼくのとなりでねてます。
つめたい体が、ぼくにくっついてます。
手形が、また増えました。
もう、体中、青い手形だらけです。
まるで、うろこみたいに、手形でおおわれてます。
明日の朝、ぼくはまだ人間かな。
それとも、座敷わらしになってるかな。
あと5日で、8月13日。
かくれんぼが、終わる日。
でも、本当に終わるのかな。
それとも、ぼくたちが、新しいかくれんぼを始めるのかな。
今度は、ぼくたちがかくれて、30年後の子どもたちを待つのかな。
座敷わらしが、ねごとを言ってます。
「もうすぐ」「もうすぐ」「みんな、いっしょ」
ぼくも、同じねごとを言ってる気がします。
担任教師の赤ペンコメント:
座敷わらしさんとのふしぎな生活、くわしく書いてくれてありがとう。42年も終わらないかくれんぼ…それは、とてもさびしいでしょうね。わたしたちが新しい鬼になって、みんなを見つけてあげなければいけないのね。剛くんの体についた手形は、さびしさのしるしかもしれない。先生が、ぎゅっとだきしめて温めてあげたいです。




