第18話 8月6日 - 清水浩二「お地蔵さまの赤い涎掛け」
■六地蔵の異変
家の近くの道ばたに、六地蔵があります。
6体のお地蔵さまが、一列にならんでます。みんな、赤いよだれかけをしてます。近所のおばあさんが、ときどき新しいのにかえてくれます。
毎朝、そこを通って、ラジオ体操に行きます。
きょうの朝、お地蔵さまの前を通ったら、へんなことに気がつきました。
よだれかけの色が、ちがってたんです。
1体目は、赤。 2体目は、青。 3体目は、黄色。 4体目は、緑。 5体目は、むらさき。 6体目は、黒。
きのうまで、みんな赤だったのに、色がバラバラになってました。
それに、よだれかけが、あたらしいんじゃなくて、すごく古く見えました。ぼろぼろで、ところどころ破れてました。
でも、一番へんだったのは、7体目のお地蔵さまがいたことです。
6体のはずなのに、7体ならんでました。
7体目は、よだれかけをしてませんでした。首から上が、ありませんでした。
首なし地蔵でした。
こわくて、走ってラジオ体操に行きました。
帰りに、もう一度見たら、また6体にもどってました。よだれかけも、みんな赤にもどってました。
きっと、見まちがいだったんだと思いました。
■入れ替わる涎掛け
午後、もう一度お地蔵さまを見に行きました。
今度は、よだれかけが、入れかわってました。
1体目が着けてたよだれかけを、3体目が着けてました。 2体目のを、5体目が着けてました。 みんな、ちがうお地蔵さまのよだれかけを着けてました。
そして、お地蔵さまの顔も、ちがって見えました。
1体目の顔が、子どもみたいに見えました。 2体目の顔が、お母さんみたいに見えました。 3体目の顔が、おじいさんみたいに見えました。
石の顔なのに、表情があるみたいでした。
4体目のお地蔵さまが、目を開けました。
石の目なのに、パチッと開いて、ぼくを見ました。
「こんにちは」
お地蔵さまが、しゃべりました。
子どもの声でした。近所の子の声に似てました。
「だれ?」
「ぼく、たかし」
たかし? そういえば、となり町で、たかしくんという子が行方不明になったって聞きました。
「たかしくん、どこにいるの?」
「ここだよ。石の中」
お地蔵さまの中から、声が聞こえてるみたいでした。
5体目、6体目のお地蔵さまも、目を開けました。
「ぼくも、いるよ」 「わたしも」
みんな、子どもの声でした。
お地蔵さまの中に、子どもたちが入ってるみたいでした。
■7体目の正体
夜、お地蔵さまの夢を見ました。
7体目のお地蔵さまが、立ち上がって、歩いてきました。
首がないのに、ちゃんと歩いてました。
「顔を、さがしてる」
首なし地蔵が言いました。声は、首のあたりから聞こえました。
「ぼくの顔、知らない?」
「知らない」
「8月13日に、顔が戻るって聞いた」
首なし地蔵が、ぼくの顔をさわりました。
つめたい石の手でした。
「いい顔だね。ちょうだい」
「いやだ!」
目が覚めました。
でも、ほっぺたが、つめたかったです。石にさわられたあとみたいに。
朝になって、お地蔵さまを見に行きました。
7体目が、本当にいました。
でも、今度は、顔がありました。
ぼくの顔でした。
石でできた、ぼくの顔が、7体目のお地蔵さまについてました。
鏡を見たら、ぼくの顔が、ちょっとちがって見えました。
石みたいに、かたい表情になってました。
学校に行ったら、友だちが言いました。
「浩二、顔がかたいね」
「かたい?」
「うん。石みたい」
ほっぺたをさわったら、本当にかたくなってました。
石みたいに、つめたくて、かたかったです。
お昼ごろ、もう一度お地蔵さまを見に行きました。
今度は、8体になってました。
8体目は、友だちの顔をしてました。
山田くんの顔でした。でも、山田くんは、まだ生きてます。学校にいます。
でも、お地蔵さまにも、山田くんの顔がありました。
9体目、10体目、どんどんふえていきました。
みんな、知ってる子の顔でした。
夕方には、20体になってました。
クラスの子、みんなの顔がならんでました。
そして、みんな、赤いよだれかけをしてました。
よだれかけに、文字が書いてありました。
「永遠」「無限」「石化」「固定」
こわい言葉ばかりでした。
一番はしっこのお地蔵さまが、口を動かしました。
「あと7日」
石の口が、カクカク動いて、そう言いました。
「8月13日に、全員そろう」
家に帰って、鏡を見ました。
顔が、もっと石みたいになってました。
目も、鼻も、口も、石でできてるみたいでした。
でも、動きます。しゃべれます。
ただ、かたいだけです。つめたいだけです。
お母さんが、ぼくの顔を見て言いました。
「あら、日焼けした? 顔が、ごつごつしてるわ」
日焼けじゃない。石になってるんだ。
でも、お母さんには、わからないみたいです。
今、手も、石みたいになってきました。
鉛筆を持つと、カチカチ音がします。
石の手で、石の鉛筆を持ってるみたいです。
明日には、全身が石になるかもしれません。
そして、お地蔵さまの列に加わるのかもしれません。
赤いよだれかけをして、道ばたに立つのかもしれません。
永遠に。
でも、それでも、いいかもしれません。
石になったら、もう、こわくないから。
石になったら、もう、かなしくないから。
石になったら、もう、何も感じないから。
あと7日で、8月13日。
その日、ぼくたちは、みんな石になる。
そして、新しい子どもたちが、ぼくたちを見る。
「お地蔵さまが、たくさんあるね」って。
担任教師の赤ペンコメント:
お地蔵さまが、みんなの顔に…。浩二くん、それはとてもおそろしいことだったね。石になっていく自分の体、先生にはそうぞうもつきません。でも、もしそうなっても、浩二くんは浩二くんだよ。先生にはちゃんとわかるから。だから、だいじょうぶ。みんな、いっしょにいるからね。