第17話 8月5日 - 林由美「のっぺらぼう」
■夜店での出会い
きのうの夜、商店街の夜店に行きました。
毎年8月の最初の土曜日に、夜店が出ます。金魚すくい、わたあめ、お面屋さん、射的、いろんなお店が並びます。
友だちのあけみちゃんと、6時ごろに行きました。
人がいっぱいで、にぎやかでした。たこ焼きのにおい、やきそばのにおい、ラムネのあまいにおいが、まざってました。
わたあめ屋さんで、わたあめを買いました。
お店のお兄さんが、わたあめを作ってくれました。ザラメをくるくる回して、白いふわふわのわたあめができました。
「はい、どうぞ」
お兄さんが、わたあめを渡してくれました。
やさしい声でした。でも、顔を見て、びっくりしました。
お兄さんの顔が、のっぺらぼうだったんです。
目も、鼻も、口もない、つるつるの顔でした。たまごみたいに、つるんとしてました。
でも、声は聞こえるし、わたあめも上手に作ってました。
こわくて、声が出ませんでした。
あけみちゃんを見たら、あけみちゃんは、ふつうに「ありがとう」って言って、お金を払ってました。
あけみちゃんには、ふつうの顔に見えてるみたいでした。
「お兄さんの顔、見えた?」
あけみちゃんに聞きました。
「見えたよ。イケメンだったね」
あけみちゃんには、ちゃんと顔があるように見えてるみたいでした。
■増えていくのっぺらぼう
ほかのお店も回りました。
金魚すくいのおじさんも、のっぺらぼうでした。
射的屋のお姉さんも、のっぺらぼうでした。
お面屋さんの人も、たこ焼き屋さんの人も、みんなのっぺらぼうでした。
でも、お客さんは気にしてませんでした。みんな、ふつうに話しかけて、買い物してました。
わたしだけが、のっぺらぼうに見えてるみたいでした。
お面屋さんで、こわいことがありました。
たくさんのお面がならんでました。ウルトラマン、仮面ライダー、セーラームーン、いろんなお面がありました。
でも、その中に、のっぺらぼうのお面もありました。
何もない、真っ白なお面でした。
「これ、なんのお面?」
お店の人に聞きました。のっぺらぼうの人が、のっぺらぼうの顔を、こっちに向けました。
「これは、あなたの顔」
声だけが聞こえました。
お面を手に取って見たら、鏡みたいになってました。わたしの顔がうつってました。
でも、だんだん、顔が消えていきました。
目が消えて、鼻が消えて、口が消えて、最後は、のっぺらぼうになりました。
あわてて、お面を置きました。
自分の顔をさわったら、ちゃんと目も鼻も口もありました。
でも、お面の中のわたしは、のっぺらぼうのままでした。
■顔を失う恐怖
家に帰る道で、もっとこわいことがありました。
街灯の下を歩いてたら、自分の影を見ました。
影の顔の部分が、まっ黒でした。目も鼻も口も、影にうつってませんでした。
のっぺらぼうの影でした。
走って家に帰りました。
げんかんの鏡で、自分の顔を見ました。ちゃんと顔はありました。でも、なんか、うすくなってる気がしました。
目が、ちょっとぼやけて見えました。
鼻も、口も、はっきりしませんでした。
お母さんに、「わたしの顔、へんじゃない?」って聞きました。
お母さんは、わたしの顔を見て、「べつに、いつもどおりよ」って言いました。
でも、お母さんの顔も、ちょっとぼやけて見えました。
目のあたりが、もやっとしてました。
夜、ねる前に、もう一度鏡を見ました。
顔が、もっとうすくなってました。
目は、黒い点みたいになってました。
鼻は、線みたいになってました。
口は、ほとんど見えませんでした。
このまま朝になったら、完全にのっぺらぼうになっちゃうかもしれません。
でも、それでも、みんな気がつかないのかもしれません。
今、まくらもとに、あの白いお面を置いてます。
いつの間にか、持って帰ってきてたみたいです。買った覚えはないのに。
お面の裏に、文字が書いてありました。
「8月13日、顔を返す」
顔を返す? だれが、だれに?
お面の中を見たら、たくさんの顔が見えました。
知ってる人の顔、知らない人の顔、子どもの顔、大人の顔。
みんな、こわがってました。助けを求めてました。
その中に、わたしの顔もありました。
さっきより、はっきりした顔でした。本物のわたしの顔が、お面の中にありました。
お面をかぶってみました。
そしたら、顔の感覚が戻ってきました。
目で見えて、鼻でにおいをかいで、口で息ができました。
でも、お面を取ったら、また感覚がなくなりました。
顔が、お面の中に閉じ込められてるみたいです。
明日の朝、わたしには顔があるのかな。
それとも、のっぺらぼうになってるのかな。
今、となりの部屋から、お母さんの声が聞こえます。
「由美、だいじょうぶ?」
でも、ドアの向こうに立ってる影を見たら、顔の部分がありませんでした。
のっぺらぼうの影が、ドアの向こうに立ってます。
「だいじょうぶ」って答えました。
でも、自分の声が、遠くから聞こえるみたいでした。
お面の中から、声が出てるみたいでした。
あと8日で、8月13日。
その日に、顔が返ってくるのかな。
それとも、永遠にのっぺらぼうになるのかな。
今、鏡を見たら、もう顔がありません。
つるつるの、たまごみたいな顔になってます。
でも、なぜか、こわくありません。
みんな同じになるなら、それでもいいかもしれません。
顔なんて、いらないかもしれません。
でも、泣いてます。
顔はないのに、涙が流れてます。
どこから流れてるんだろう。
担任教師の赤ペンコメント:
夜店のにぎやかなようすが目にうかぶようです。お面屋さんの話、少しこわかったけれど、日本の昔話に出てくる「のっぺらぼう」をテーマにするなんて、由美さんは物知りなのね。自分の顔が消えていくなんて、先生もそうぞうしたら少しこわくなってしまいました。でも、それはお面の中だけの話。由美さんのステキなえがおは、なくならないから安心してね。…本当に、なくならないわよね?