第16話 8月4日 - 木村正雄「防空壕の秘密基地」
■裏山の穴
学校の裏山に、防空壕があります。
戦争のときに作られた穴で、今はだれも使ってません。入り口は、草やつたでおおわれてて、知らない人は気がつきません。
ぼくと友だち3人で、そこを秘密基地にしました。
中は、ひんやりしてて、夏でもすずしいです。天井は低くて、大人だと頭がつかえるけど、ぼくたちにはちょうどいい高さです。
きょうも、朝から秘密基地に行きました。
懐中電灯と、お菓子と、マンガを持って行きました。友だちは、ラジオを持ってきました。
防空壕の入り口の草をかきわけて、中に入りました。
いつもより、中が明るい気がしました。懐中電灯をつけてないのに、うっすらと中が見えました。
おくの方から、光がもれてるみたいでした。オレンジ色の、ろうそくみたいな光でした。
「だれかいるのかな」
友だちの健二が言いました。
みんなで、おくに進みました。
防空壕は、まっすぐ20メートルくらい続いて、行き止まりのはずでした。でも、きょうは、もっとおくがあるみたいでした。
30メートル、40メートル、50メートル。
どんどんおくに進んでも、まだ先がありました。
そして、広い部屋に出ました。
■戦時中の声
部屋の中には、人がいました。
10人くらいの人が、すわってました。でも、その人たちの服が、へんでした。
もんぺをはいた女の人、国民服を着た男の人、学童服の子ども。みんな、戦争中の服を着てました。
「あら、また子どもが来たわ」
女の人が言いました。
「防空訓練?」
ぼくたちは、首を横にふりました。
「戦争は、もう終わってます」
ぼくが言うと、みんな、かなしそうな顔をしました。
「そう、もう昭和62年なのね」
「知ってるんですか?」
「ええ。でも、ここから出られないの」
男の人が言いました。
「昭和20年8月13日から、ずっとここにいる」
8月13日。また、この日付です。
「42年も、ここに?」
「そう。でも、年は取らない。時間が止まってるから」
部屋の中を見回しました。
古いランプ、さびた缶詰、ぼろぼろの毛布。戦争中のものばかりでした。
でも、壁に、新しいカレンダーがありました。
昭和62年8月のカレンダーでした。13日に、赤い×印がついてました。
「8月13日に、何があるんですか?」
女の人が、涙を流しました。
「その日、空襲警報が鳴った。みんなで防空壕に逃げた。でも、外に出られなくなった」
「どうして?」
「時間が、おかしくなったから」
■過去と現在の混在
男の人が、ラジオをつけました。
古い、木でできたラジオでした。
「本日、昭和20年8月13日、午後3時33分、当地方に空襲警報が発令されました」
アナウンサーの声が聞こえました。
「でも、今は昭和62年です」
ぼくが言うと、男の人は首を横にふりました。
「ここでは、ずっと昭和20年8月13日。何度も同じ日をくりかえしてる」
友だちが持ってきたラジオをつけました。
「本日、昭和62年8月4日、晴れ」
今のラジオからは、今の放送が聞こえました。
でも、だんだん音が変わってきました。
「本日、昭和20年8月13日...いや、昭和62年8月...あれ?何年だ?」
アナウンサーが、こんらんしてました。
時間が、まざってるみたいでした。
防空壕の外に出ようとしました。
でも、出口がありませんでした。さっき入ってきたはずの道が、壁になってました。
「出られない」
健二が、泣きそうな声で言いました。
「だいじょうぶ。8月13日になったら、出られるかもしれない」
女の人が言いました。
「今年の8月13日は、特別。時間の結び目がほどける」
「結び目?」
「昭和20年と、昭和62年と、もっと未来の時間が、全部8月13日で結ばれてる」
男の人が、壁に絵を描きました。
円を3つ描いて、真ん中に点を打ちました。
「これが8月13日。すべての時間の中心」
そのとき、防空壕が揺れました。
ドーンって、大きな音がしました。爆弾が落ちたみたいな音でした。
「空襲だ!」
戦争中の人たちが、頭をかかえてしゃがみました。
でも、ぼくたちには、べつの音に聞こえました。
かみなりの音でした。
「時計塔にかみなりが落ちる音だ」
健二が言いました。
まだ起きてないことなのに、もう起きたみたいに聞こえました。
防空壕の壁が、透けて見えました。
外の景色が見えました。
でも、3つの景色が重なって見えました。
昭和20年の焼け野原。 昭和62年の町。 知らない未来の町。
3つの時代が、同じ場所に存在してました。
「もうすぐ、全部が一つになる」
女の人が言いました。
「そしたら、みんな自由になれる」
壁が、もとにもどりました。
出口も、もとの場所に現れました。
ぼくたちは、急いで外に出ました。
外は、昭和62年の夏でした。セミが鳴いて、太陽が照ってました。
でも、空に、へんなものが見えました。
B29みたいな飛行機が、うっすらと見えました。昭和20年の飛行機が、昭和62年の空を飛んでました。
家に帰って、おじいちゃんに聞きました。
「昭和20年8月13日に、空襲あった?」
おじいちゃんは、遠い目をしました。
「ああ、あった。でも、へんな空襲だった。飛行機は来たけど、爆弾は落ちなかった」
「どうして?」
「3時33分に、時間が止まったから」
おじいちゃんも、知ってました。
時間が止まること。
8月13日が、特別な日だということ。
今、部屋で日記を書いてます。
ラジオから、へんな放送が聞こえます。
「本日、8月4日...いや、8月13日...いや、8月32日...」
時間が、こわれはじめてます。
あと9日で、本当の8月13日。
その日、防空壕の人たちは、自由になれるのかな。
それとも、ぼくたちが、閉じ込められるのかな。
担任教師の赤ペンコメント:
防空壕のたんけん、戦争のことを知る良いきっかけになったのね。歴史を学ぶのはとても大切なことです。でも、あぶない場所だから気をつけて。中にいた人たちと話ができたなんて、ふしぎなたいけんでしたね。先生のおじいちゃんも、戦争の話をよくしてくれました。その人たちも、早く安らかにねむれるといいのだけれど…。