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第14話 8月2日 - 松本大輔「真夜中の電話」

■丑三つ時の着信


 きのうの夜、こわいことがありました。


 夜中の2時ごろ、電話が鳴りました。


 うちの電話は、げんかんの横にある黒電話です。ジリリリリンって、大きな音で鳴ります。家中に響くくらい大きな音です。


 最初は、夢かと思いました。でも、ずっと鳴りつづけてるから、本当の電話だってわかりました。


 お父さんもお母さんも、起きてきませんでした。ぼくだけが、電話の音に気がついたみたいでした。


 げんかんに行って、受話器を取りました。


 「もしもし」


 返事はありませんでした。でも、受話器から、へんな音が聞こえました。


 ザーザーって音です。テレビの砂あらしみたいな音でした。その音の奥から、だれかの息づかいが聞こえました。


 「だれですか?」


 もう一度聞きました。


 そしたら、声が聞こえました。


 でも、その声は、ぼくの声でした。


 「もしもし、ぼくは松本大輔です」


 電話の向こうから、ぼくと同じ声が聞こえてきました。


 「いたずら電話ですか?」


 「いたずらじゃない。本当にぼくは松本大輔だ」


 声は、ぼくとまったく同じでした。しゃべり方も、息つぎも、ぜんぶ同じでした。


 「8月13日に会いに行く」


 電話の向こうのぼくが言いました。


 「どこで?」


 「学校の時計塔の下。午後3時33分」


■増え続ける自分の声


 電話が切れました。


 でも、5分後に、また鳴りました。


 今度は、べつの声でした。でも、これもぼくの声でした。ちょっと年を取った、中学生くらいのぼくの声でした。


 「8月13日を、のがすな」


 それだけ言って、切れました。


 その夜、電話は10回鳴りました。


 ぜんぶ、ぼくの声でした。


 5歳のぼく、10歳のぼく、15歳のぼく、20歳のぼく、30歳のぼく、50歳のぼく、おじいさんになったぼく。


 いろんな年のぼくが、電話をかけてきました。


 みんな、同じことを言いました。


 「8月13日、時計塔、3時33分」


 最後の電話は、すごく年寄りの声でした。がらがらの、今にも死にそうな声でした。


 「やっと、終われる」


 それだけ言って、電話は切れました。


 朝になって、お母さんに聞きました。


 「きのう、夜中に電話鳴った?」


 「鳴ってないわよ」


 お母さんは、何も聞いてないって言いました。


 でも、ぼくは、たしかに聞きました。10回も電話に出ました。


 受話器を見たら、へんなことに気がつきました。


 受話器に、指紋がいっぱいついてました。でも、ぼくの指紋じゃありませんでした。大きさがちがうんです。


 小さい手の指紋、大きい手の指紋、しわしわの手の指紋。


 いろんな大きさの指紋が、受話器についてました。


 でも、きのう電話に出たのは、ぼくだけです。


■電話線の向こう側


 昼間、友だちの家に遊びに行きました。


 友だちの家にも、黒電話がありました。


 「きのう、夜中に電話鳴った?」って聞いたら、友だちも「鳴った」って言いました。


 「だれから?」


 「ぼくから」


 友だちも、自分の声で電話がかかってきたって言いました。


 学校の友だちに、かたっぱしから聞いてみました。


 山田くん、田中くん、佐藤さん、高橋くん、みんな同じでした。


 みんな、自分の声で電話がかかってきて、「8月13日、時計塔、3時33分」って言われたそうです。


 夕方、家に帰ったら、電話が鳴ってました。


 でも、今度は昼間なのに、だれも出ようとしませんでした。お母さんも、聞こえてないみたいでした。


 ぼくが受話器を取りました。


 「もしもし」


 「やあ、ぼく」


 また、ぼくの声でした。でも、今度は、同い年のぼくの声でした。


 「今、どこにいるの?」


 「昭和62年8月2日」


 「ぼくも同じだよ」


 「いや、ちがう。ぼくは、2回目の昭和62年8月2日にいる」


 2回目?


 「3回目のぼくもいるし、10回目のぼくもいる。100回目のぼくもいる」


 「どういうこと?」


 「8月13日から先に進めないんだ。また8月1日にもどって、同じ8月をくりかえす」


 電話の向こうのぼくが、ため息をつきました。


 「何回くりかえしても、8月13日で終わる。そして、また始まる」


 「どうすれば、止められる?」


 「わからない。でも、今回は、何かがちがう気がする」


 電話が、ぷつっと切れました。


 電話線を見たら、へんでした。


 電話線が、家から外に出てるはずなのに、窓から見たら、電話線がありませんでした。


 電話線の先を追いかけていったら、2階のぼくの部屋につながってました。


 ぼくの部屋の、もう一つの黒電話につながってました。


 でも、ぼくの部屋に、黒電話なんてありません。


 部屋に入ったら、本当に黒電話がありました。きのうまでなかったのに。


 その電話が鳴りました。


 受話器を取ったら、下のげんかんの音が聞こえました。


 お母さんが、「大輔、ごはんよ」って呼ぶ声が聞こえました。


 でも、お母さんは、まだ料理を作ってる最中です。


 30分後、本当にお母さんが「ごはんよ」って呼びました。


 同じ声、同じトーンで。


 電話が、30分先の未来とつながってる?


 それとも、30分前の過去?


 今、夜中の2時です。


 また電話が鳴ってます。


 でも、今度は出ません。


 だって、受話器を取らなくても、声が聞こえるから。


 ぼくの声が、部屋中に響いてます。


 「あと11日」  「あと11日」  「あと11日」


 何人ものぼくが、同じことをくりかえしてます。


 あと11日で、8月13日。


 その日、ぼくは何人集まるんだろう。


 1人? 10人? 100人?


 それとも、無限?


担任教師の赤ペンコメント:

夜中の電話、とてもこわかったでしょう。自分からの電話だなんて、先生もはじめて聞きました。でもそれはきっと、大輔くんが色々な自分のことを考えているから、そんなふしぎな夢を見たのかもしれないわね。未来の自分と話せるなら、先生も聞いてみたいことがたくさんあります。

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