第12話 7月31日 - 吉田翼「8月32日の盆踊り」
■おかしなポスター
きょうで7月が終わりです。明日から8月です。
商店街を歩いてたら、へんなポスターを見つけました。
「夏祭り 盆踊り大会 8月32日(土)午後6時より 場所:八幡神社」
8月32日? そんな日、ないはずです。8月は31日までです。
でも、ポスターは新しくて、きのう貼られたみたいでした。ほかにも、あちこちに同じポスターが貼ってありました。
お店のおじさんに、「8月32日って、まちがいですよね?」って聞きました。
おじさんは、ポスターを見て、首をかしげました。
「あれ? 本当だ。でも、なんでだろう。たしかに32日にやるって聞いたような気がする」
おじさんも、こんらんしてました。
友だちの健太くんに会ったので、ポスターを見せました。
「8月32日だって」
「へんだね。でも、なんか、その日に何かある気がする」
健太くんも、8月32日に何かあるような気がするって言いました。
家に帰って、カレンダーを見ました。8月は、ちゃんと31日まででした。32日なんて、書いてありません。
でも、じっと見てたら、31日の下に、うすく何か見えました。えんぴつで、うすーく「32」って書いてあるみたいでした。
消しゴムでこすっても、消えませんでした。むしろ、だんだんこくなっていきました。
■夜の練習
夜7時ごろ、外から音楽が聞こえてきました。
太鼓の音と、笛の音でした。盆踊りの練習みたいでした。
「炭坑節」のメロディーが聞こえました。
「月が出た出た、月が出た」
でも、歌詞がちょっとちがって聞こえました。
「月が出ない、月が出ない、永遠に月が出ない」
窓から外を見たら、神社の方が明るくなってました。ちょうちんの光みたいでした。
「見に行ってもいい?」ってお母さんに聞きました。
「もう遅いから、だめ」
でも、どうしても気になって、こっそり家を出ました。
神社に着いたら、本当に盆踊りの練習をしてました。
やぐらが組まれてて、その上で太鼓をたたいてる人がいました。まわりで、20人くらいの人が踊ってました。
でも、へんでした。
踊ってる人たちの顔が、みんな同じに見えました。
男の人も、女の人も、子どもも、おじいさんも、みんな同じ顔をしてました。のっぺりした、表情のない顔でした。
それに、踊り方もへんでした。みんな、まったく同じ動きをしてました。手の角度も、足の上げ方も、首の傾きも、ぜんぶ同じでした。まるで、一人の人が20人に分身してるみたいでした。
太鼓の人を見たら、もっとこわいことに気がつきました。
太鼓の人には、顔がありませんでした。
のっぺらぼうでした。目も、鼻も、口もない、つるつるの顔でした。でも、太鼓はちゃんとリズムよくたたいてました。
■永遠に続く踊り
踊りの輪に、知ってる人を見つけました。
駄菓子屋のおばちゃんでした。でも、おばちゃんの顔も、ほかの人と同じになってました。
「おばちゃん」って声をかけたら、踊りながらこっちを見ました。
「あら、翼くん。練習に来たの?」
声は、おばちゃんの声でした。でも、顔は、のっぺりした同じ顔でした。
「8月32日の本番に向けて、練習してるのよ」
「でも、8月32日なんて、ないですよ」
「あるわよ。8月31日の次の日」
「それは9月1日では?」
おばちゃんは、くすっと笑いました。のっぺりした顔なのに、笑い声だけ聞こえました。
「今年は、ちがうの。8月が終わらないの」
「どういうこと?」
「8月32日、33日、34日って、ずっと8月が続くの。永遠に」
おばちゃんが、踊りの輪に戻っていきました。
よく見たら、踊ってる人の足が、地面についてませんでした。みんな、5センチくらい浮いてました。影も、おかしかったです。月明かりなのに、影が真下にありました。
太鼓の音が、だんだん速くなりました。踊りも、速くなりました。
そして、踊ってる人たちが、一人ずつ消えていきました。すーっと透明になって、消えていきました。
さいごに、太鼓の人だけが残りました。
のっぺらぼうの顔が、こっちを向きました。顔はないのに、見られてる感じがしました。
太鼓の人が、太鼓をたたきながら言いました。口はないのに、声が聞こえました。
「8月13日の次は、8月32日」
「13日の次は14日でしょ」
「いいえ。時間が壊れたら、数字は意味をなくす」
太鼓の人も、消えました。
やぐらと、ちょうちんだけが残りました。
ちょうちんを見たら、文字が書いてありました。
「永遠」「無限」「輪廻」「終末」
こわい言葉ばかりでした。
家に帰ろうとしたら、道がわからなくなりました。
いつも通る道なのに、まがり角が違ってました。まっすぐな道が、ぐるっと円になってました。歩いても歩いても、また神社に戻ってきました。
3回目に神社に戻ったとき、やぐらの上に、紙が貼ってありました。
「あと13日で、本当の祭りが始まる」
やっと家への道を見つけて、帰りました。
家に着いたら、時計が9時をさしてました。神社を出てから、2時間もたってました。でも、5分くらいしか歩いてない気がしました。
部屋のカレンダーを見たら、8月のところが、へんになってました。
31日の下に、32、33、34って、数字が書いてありました。えんぴつじゃなくて、赤いペンで、はっきりと書いてありました。
そして、8月13日のところに、大きな赤い丸がついてました。
丸の中に、小さく文字が書いてありました。
「始まりにして終わり」
今、ふとんの中で日記を書いてます。
明日から8月です。
でも、8月は、いつ終わるんだろう。
もしかしたら、終わらないのかもしれません。
8月32日、33日、34日、35日...
ずっと8月が続いて、毎日が夏休みで、永遠に9月が来ないのかもしれません。
それは、うれしいような、こわいような。
でも、たぶん、こわい方が正しいと思います。
終わらない夏休みは、きっと、地獄です。
明日、8月1日の日記を書けるかな。
それとも、もう一度、7月31日を書くことになるのかな。
今、太鼓の音が聞こえます。
でも、もう夜中の12時です。
「月が出ない、月が出ない、永遠に月が出ない」
歌声も聞こえます。
あと13日で、8月13日。
その日に、時間が壊れる。
そして、永遠の8月が始まる。
担任教師の赤ペンコメント:
8月32日の盆おどり! そんな日があったら、夏休みが一日ふえてとくした気分になるわね。でも、先生のカレンダーにはやっぱり31日までしかありませんでした。翼くんの世界では、夏休みがもっと長くつづくのかもしれないわね。もし本当に32日があるなら、先生もおどりに行きたいな。