第11話 7月30日 - 加藤恵美「近所の公園」
■存在しないはずの公園
きょう、へんな公園で遊びました。
家から5分くらい歩いたところに、小さな公園を見つけました。ブランコと、すべり台と、砂場と、鉄棒がある、ふつうの公園です。
でも、おかしいんです。この公園、きのうまでなかったんです。
いつも通る道なのに、きのうまでは、ただの空き地でした。草がボーボーで、「売地」って看板が立ってました。でも、きょうは、ちゃんとした公園になってました。
お母さんに、「あそこに公園ができた」って言ったら、お母さんは、へんな顔をしました。
「あそこは空き地よ。公園なんてないわよ」
でも、わたしには、はっきり見えます。赤いブランコ、黄色いすべり台、みんな見えます。
公園に入ってみました。
入り口に、小さな看板がありました。古い木の看板で、文字がかすれてました。
「さくら公園 昭和32年」
昭和32年? 30年も前にできた公園? でも、きのうまでなかったのに。
公園の中は、しずかでした。風の音も、鳥の声も、何も聞こえませんでした。まるで、音が全部すいこまれたみたいに、しーんとしてました。
ブランコにすわってみました。
ギィィって、さびた音がしました。でも、ブランコは新しく見えるのに、音は古いブランコの音でした。
ブランコをこいでたら、前に人が立ってました。
女の子でした。わたしと同じくらいの年で、白いワンピースを着てました。でも、そのワンピースが、へんでした。今の服じゃなくて、昔の服みたいでした。
■昭和30年代の子どもたち
「いっしょに遊ぼう」
女の子が言いました。声が、遠くから聞こえるみたいでした。
「うん、いいよ」
わたしが答えると、女の子はにっこり笑いました。
「わたし、ゆりこ。あなたは?」
「恵美」
「めぐみちゃんね。こっちに来て」
ゆりこちゃんに手を引かれて、砂場に行きました。
砂場には、ほかにも子どもがいました。男の子が2人と、女の子が1人。みんな、古い服を着てました。
男の子の1人が、「やっと来たね」って言いました。
「何が?」
「君だよ。ずっと待ってた」
意味がわかりませんでした。
みんなで砂のお城を作りました。でも、砂がへんでした。さわると、つめたくて、ちょっとぬれてました。それに、砂の色が、ふつうの砂じゃなくて、灰色でした。
お城ができあがったとき、男の子が言いました。
「これ、学校の時計塔みたい」
たしかに、時計塔に似てました。とがった屋根と、まるい時計。
「8月13日に、ここにかみなりが落ちる」
女の子が言いました。
「どうしてわかるの?」
「だって、もう見たもん。30年前に」
30年前? この子、何歳なんだろう。
「わたしたち、昭和32年からずっとここにいる」
ゆりこちゃんが言いました。
「この公園ができたときから、ずっと」
■時間の境界線
「帰らないの?」って聞きました。
みんな、かなしそうな顔をしました。
「帰れない」
「どうして?」
「8月13日が来ないから」
また、8月13日です。
「8月13日が来たら、帰れるの?」
「ううん。8月13日が来たら、みんないっしょになる」
「いっしょ?」
「昭和32年と、昭和62年が、いっしょになる」
ゆりこちゃんが、地面に円を書きました。
「時間は、まるい。30年で、一周する。昭和32年の8月13日と、昭和62年の8月13日は、同じ場所」
円の上に、点を2つ書きました。
「でも、今年はちがう。円が、こわれる」
ゆりこちゃんが、円を消しました。
「こわれたら、どうなるの?」
「わからない。でも、やっと終われる」
終われる? 何が終わるんだろう。
鉄棒で遊んでたら、手に何かついてました。
赤いペンキでした。でも、ペンキじゃないみたいでした。もっと、どろっとしてて、あたたかかったです。
「それ、前の子がつけた」
男の子が言いました。
「前の子?」
「30年前の8月13日に、ここで遊んでた子」
こわくなって、手をふきました。でも、赤いのは、なかなか取れませんでした。
時計を見たら、もう5時でした。
「帰らなきゃ」
「また来てね」
ゆりこちゃんが手をふりました。
公園を出て、ふりかえったら、公園が消えてました。
また、ただの空き地になってました。草がボーボーで、「売地」の看板が立ってました。
でも、手を見たら、赤いのがまだついてました。
家に帰って、手を洗いました。石けんでゴシゴシこすったら、やっと取れました。
でも、手のひらに、数字が浮かび上がりました。
「14」
赤い数字で、「14」って書いてありました。
あと14日で、8月13日です。
お風呂に入ってたら、ゆぶねのお湯が、灰色になりました。公園の砂と同じ色でした。
そして、お湯の中に、顔が映りました。
ゆりこちゃんの顔でした。
「待ってる」
そう言って、消えました。
今、ベッドで日記を書いてます。
窓の外を見たら、公園が見えます。
さっきまで空き地だったのに、また公園になってます。
ブランコが、ひとりでに動いてます。
だれかが乗ってるみたいに、前後にゆれてます。
でも、だれも乗ってません。
いや、もしかしたら、見えないだけかもしれません。
30年前の子どもが、今も遊んでるのかもしれません。
明日も、公園に行ってみます。
ゆりこちゃんたちに、もっと聞きたいことがあるから。
でも、こわいです。
わたしも、30年間、公園から出られなくなるかもしれません。
昭和92年の子どもに、「昭和62年から来た」って言うのかもしれません。
時間の円の中を、ぐるぐる回りつづけるのかもしれません。
担任教師の赤ペンコメント:
昭和32年の公園なんて、まるでタイムスリップしたみたいね。ゆりこちゃんたちと、また会えるといいね。でも、知らない場所に一人で行くのは少ししんぱいです。今度は先生もつれて行ってくれるかな。30年前の公園がどんな所か、見てみたいから。