第10話 7月29日 - 小林勇気「駄菓子屋のおばちゃん」
■いつもの駄菓子屋
学校の近くに、小さな駄菓子屋があります。
「みつや」っていう名前で、おばちゃんが一人でやってます。店は、すごくせまくて、子どもが3人入ったら、もういっぱいです。でも、お菓子がいっぱいあって、10円から買えます。
きょうも、友だちと駄菓子屋に行きました。
店に入ると、あまいにおいがしました。あめ玉と、ラムネと、チョコレートのにおいがまざった、なつかしいにおいです。でも、きょうは、そのにおいに、べつのにおいがまざってました。
なんていうか、古いにおいです。ずっと前からそこにあるような、時間がたったにおいでした。おばあちゃんの家のたんすみたいなにおいです。
「いらっしゃい」
おばちゃんが、レジのうしろから顔を出しました。
でも、きょうのおばちゃんは、ちょっとへんでした。
まず、影が3つありました。
1つは、右に。 1つは、左に。 1つは、後ろに。
3つの影が、べつべつに動いてました。おばちゃんが右を向いても、左の影は前を向いてました。
それから、おばちゃんの目が、へんでした。右目と左目が、べつのものを見てるみたいでした。右目は、ぼくを見てるけど、左目は、ぜんぜんちがう方を見てました。
「今日は何にする?」
おばちゃんが聞きました。声は、いつもと同じやさしい声でした。
「10円ガムください」
ぼくが言うと、おばちゃんは、ガムの箱から1つ取って、渡してくれました。
10円玉を出そうとしたら、おばちゃんが言いました。
「お金はいらないよ。かわりに、やくそくして」
「やくそく?」
「8月13日に、ここに来るって」
■同じ年の10円玉
「どうして8月13日?」って聞きました。
おばちゃんは、にっこり笑いました。でも、その笑顔が、こわかったです。口は笑ってるのに、目が笑ってなかったから。
「その日に、とくべつなお菓子をあげる」
おばちゃんが、レジの下から、小さな箱を出しました。赤い箱で、金色のリボンがついてました。
「これ、なに?」
「まだ、ひみつ。8月13日になったら、わかる」
箱から、あまいにおいがしました。でも、ふつうのお菓子のにおいじゃなくて、もっとこい、ねっとりしたにおいでした。
友だちが、べっこう飴を買いました。50円でした。
友だちが50円玉を出したら、おばちゃんが、おつりをくれました。でも、そのおつりが、へんでした。
10円玉が5枚のはずなのに、10円玉が10枚出てきました。
「おつり、多いです」って友だちが言ったら、おばちゃんは、「あら、そう?」って、5枚引き取りました。
でも、のこった5枚の10円玉を見て、びっくりしました。
ぜんぶ、同じ年の10円玉だったんです。
「昭和62年」
5枚とも、今年の10円玉でした。でも、それだけじゃなくて、もっとへんなことがありました。
10円玉の表の絵が、ちがってました。平等院じゃなくて、学校の時計塔の絵になってました。
「これ、にせ金?」って友だちが言いました。
おばちゃんは、また笑いました。
「本物よ。未来のお金」
未来のお金? 意味がわかりませんでした。
■壁に並ぶ写真の秘密
店の奥の壁に、写真がいっぱいはってありました。
子どもたちの写真でした。この店に来た子どもたちの写真みたいでした。みんな、にこにこ笑ってました。
でも、よく見たら、へんでした。
写真の中の子どもたちの服が、古いんです。昭和30年代とか、40年代の服でした。でも、顔は、知ってる子たちでした。
山田くん、田中くん、佐藤さん、みんなの顔がありました。でも、服が、30年前の服でした。
「この写真、いつとったの?」って聞きました。
おばちゃんは、カレンダーを見ました。
「いつって言われても、こまるわね。時間は、ぐるぐる回ってるから」
おばちゃんが、指で円をかきました。
「昭和32年も、昭和62年も、同じよ。30年たったら、また、もどってくる」
そして、おばちゃんは、ぼくの写真をとりました。
パシャッて、光って、すぐに写真が出てきました。ポラロイドカメラでした。
写真を見たら、ぼくが写ってました。でも、着てる服が、ちがいました。写真の中のぼくは、学生服を着てました。古い、つめえりの学生服でした。
「これ、ぼくじゃない」
「いいえ、あなたよ。30年前のあなた」
おばちゃんが、写真を壁にはりました。ほかの写真といっしょに、ならべてはりました。
店を出ようとしたら、おばちゃんが言いました。
「8月13日、わすれないでね」
ふりかえったら、おばちゃんの顔が、一瞬、ちがう人に見えました。若い女の人に見えました。でも、まばたきしたら、いつものおばちゃんにもどってました。
店を出て、10円ガムを口に入れました。
あまいはずなのに、にがい味がしました。そして、ガムをかんでたら, 中から何か出てきました。
小さな紙でした。
紙をひろげたら、数字が書いてありました。
「15」
あと15日で、8月13日です。
家に帰って、もらった10円玉を見ました。
時計塔の絵が、かわってました。時計塔に、大きなひびが入ってました。かみなりが落ちたあとみたいなひびでした。
そして、時計の針が、3時33分をさしてました。
10円玉を持ってたら、手があつくなりました。10円玉が、熱を持ってるみたいでした。生きてるみたいに、ドクドクしてました。
今、その10円玉を見たら、また絵がかわってました。
時計塔が、くずれてました。がれきの山になってました。
その上に、赤い風りんが、ういてました。
風りんから、音が聞こえるような気がしました。
チリン、チリン。
「もうすぐ」「もうすぐ」
明日も、駄菓子屋に行こうと思います。
おばちゃんに、もっと聞きたいことがあるから。
30年前のぼくって、だれなんだろう。
時間が回ってるって、どういう意味なんだろう。
8月13日に、何をくれるんだろう。
でも、こわいです。
もらったら、写真の中にとじこめられるような気がします。
30年前の子どもになって、永遠に、駄菓子屋の壁にはられるような気がします。
担任教師の赤ペンコメント:
駄菓子屋さんのおばちゃんとのお話、心が温かくなります。30年ごとに時間がめぐるなんて、まるでSF小説みたい。勇気くんがとったもらった写真、先生も見てみたいな。きっと、30年前の勇気くんも、今の勇気くんと同じで、やさしい目をしているんでしょうね。