表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/45

第1話 昭和62年7月20日、終業式の日

 終業式が終わった後の教室で、私は子どもたちに夏休みの宿題の説明をしていた。


 「今年の夏休みの作文は、ちょっと特別な方法でやってもらいます」


 私、北村ひろみは、このクラスの担任になって4ヶ月。子どもたちとも、だいぶ打ち解けてきた。


 黒板にカレンダーを書いた。7月21日から8月31日まで、42日間の夏休み。


 「一人一日ずつ、担当の日を決めます。その日の出来事を、原稿用紙5枚程度で詳しく書いてください。題は『夏休みの思い出』です」


 山田翔太が、いつものように真っ先に手を挙げた。


 「先生、ぼくは何日がいいですか?」


 「山田くんは7月21日。夏休みの最初の日ね。トップバッターよ」


 「やった! 一番だ!」


 翔太が嬉しそうに飛び跳ねた。


 順番に名前を呼んで、日付を伝えていった。


「鈴木美咲さん、7月22日」   

「田中大輝くん、7月23日」   

「佐藤愛さん、7月24日」   

「高橋拓也くん、7月25日」   

「伊藤さやかさん、7月26日」


 子どもたちは、自分の担当日をノートに書き込んでいく。


 「近藤あやさん、8月13日」


 あやが顔を上げた。


 「8月13日って、お盆ですよね」


 「そうね。特別な日かもしれないわね」


 なぜか、その日付を口にしたとき、教室の空気が一瞬、ひんやりとした気がした。


 窓の外を見ると、真夏の青空に、一瞬、赤い光が走ったような気がした。でも、きっと目の錯覚だろう。


 最後に、もう一人の「北村ひろみ」の番が来た。


 私と同じ名前の女の子。最初に出席を取ったとき、驚いたものだ。


 「北村さんは8月31日。夏休み最後の日よ」


 「わあ、責任重大」


 ひろみが笑った。


 「先生と同じ名前だから、きっといい作文が書けるよね」


 隣の子がからかうように言った。


 「じゃあ、9月1日の始業式に全員分集めます。40人の作文を合わせたら、クラス全体の夏休みの記録になりますね」


 みんな、わくわくした顔で聞いていた。


 「先生、もし担当の日に特別なことがなかったらどうするの?」


 佐藤愛が心配そうに聞いた。


 「大丈夫。どんな日でも、よく観察すれば、きっと特別なことが見つかるわ」


 「では、良い夏休みを!」


 教室を出ようとしたとき、後ろから声がした。


 「先生」


 振り返ると、北村ひろみが立っていた。


 「夏休み、本当に終わりますよね?」


 変な質問だった。


 「もちろん。8月31日で終わって、9月1日から2学期が始まるわ」


 「そうですよね」


 ひろみは、少し安心したような、でも不安そうな顔で微笑んだ。


 職員室に戻る廊下で、ふと窓の外を見た。


 校庭の時計塔が、逆光で黒く見えた。


 時計の針は、3時33分を指していた。


 いや、違う。3時20分だ。目の錯覚だった。


 夏休みが始まる。


 子どもたちにとって、楽しい42日間になるといいな。


 そう思いながら、私は職員室に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ