推薦
「どうぞ、掛けてくれ」
「……う、うす」
俺が座ったのを確認してから、龍谷所長もソファに腰を下ろす。
借りた猫みたくガチゴチになりながら、俺は改めて龍谷所長を見遣る。
——威圧感が半端ないな。
特にサングラスが余計に怖く感じさせる気がする。
なんて思っていると、俺の視線に気づいた龍谷所長が口を開く。
「不躾ですまないが、こいつは付けさせてくれ。十年前にモンスターとの戦闘で片目を失ってしまったものでな」
「そ、そうなんすね……」
となると、顔の傷はその時についたものなのか。
相槌を打ったところで、天頼がこっちに戻ってきた。
持っているトレイの上には、四人分の湯呑みと茶菓子が乗っけてある。
「お待たせ〜……って、あ、ボス! 電話終わったんですね!」
「ああ、ついさっきな。それよりも悪かったな、四葉。案内を任せちまって」
「なんの、これくらいどうってことないですよ! それに、剣城くんには個人的にも用事があったので」
笑顔で言いながら天頼は、きびきびと目の前にあるテーブルに湯呑みと茶菓子を並べていく。
お茶汲みとか人気急上昇中の配信者がやるような仕事じゃない気がするが……折角淹れてくれたんだ、有り難く頂くとしよう。
「陽乃、ここにお菓子とお茶置いとくよー」
「うん、ありがと」
水森のデスクの端にも湯呑みと茶菓子を置いてから、天頼はこっちに戻ってくると、
「よいっしょっと」
何故か俺の隣のソファに腰を下ろした。
「おい、四葉。何故お前もそっちに座ってんだ?」
「なぜって……一つボスにお願いしたいことがあるからです」
にこりと笑みを浮かべているが、声は真剣そのものだった。
「……まあいい。お前の用件は後で聞く。それよりも今は——」
一度言葉を切って、龍谷所長は俺に身体を向ける。
「剣城鋼理君。改めてうちの社員の命を救ってくれたこと、心から感謝する。君がいなかったら今頃どうなってたことか……」
「いえ、そんな畏まらなくても……。俺は俺に出来ることをしただけなので」
「その結果がS級モンスターの単独撃破か。大したものだ」
言って、くつくつと喉を鳴らす龍谷所長。
S級モンスター撃破……ね。
あれを撃破のカウントに入れていいか怪しいけどな。
相性とかメタとかの偶発的な要素が色々噛み合っただけだし。
少なくとも、俺の実力まんまの結果ではない事だけは確かだ。
——あと、その……笑顔が怖いです。
内心、慄いていた時だった。
「——それを踏まえて、今回の謝礼として君をBランク冒険者に推薦しようと思っている」
「はぁ……って、ん? は、Bランク!?」
「ああ、何か問題があるか?」
「な、無いっす! いや、全然無いっすけど……」
三階級の飛び級はいくらなんでもやり過ぎだろ……!!
冒険者の階級を昇格させるには、昇格申請を自分で提出するか、他の人に推薦してもらう必要がある。
前者はこれまでに回収した魔石やモンスターの素材といった実績を判断材料に判定を下すようになっており、後者はそれに推薦者の信用が付随される。
だから審査方法は同じでも、推薦による昇格申請の方が圧倒的に通りやすい。
……のだが、推薦であっても飛び級昇格は滅多に聞いたことないぞ。
それもEからBって、それに絶対審査通んねえだろ……!!
「言っておくが、これまでの君の実績を確認させてもらった上での提案だ。そこにS級モンスターの撃破の事実が加われば、Bランクまでの昇格は堅いと思う」
いやいやいや……いやいやいや、流石に無理あるって!
俺がダンジョン内でやって来た事なんか、物陰に隠れてちまちま斬撃飛ばして倒せそうなモンスターを不意打ちで仕留めてきただけだぞ。
昇格の推薦をしてくれるのは滅茶苦茶超絶有難いけど、俺には相応しくねえって……!!
「……買い被りっすよ。俺は一年近くEランクで燻っている程度の冒険者っすよ。そんな奴がいきなりBランクにだなんて突拍子もないと言いますか……」
「確かにそうだな。……だが、君は冒険者ライセンスを取得してから僅か一ヶ月足らずでGからEランクまで二階級昇格を果たしている。ここまでの早さでランクを上げられる人間などそうそういない。だから、俺からすれば、君は燻っているのではなく、あえて留まっているように見える」
「っ!? いや、その……それは、すね……」
スキルのスペックだけでどうにかなっただけだ。
俺自身は大して強くなってなんかない。
けど、素直に言っても信じてもらえそうにないよな。
上手い説明が思いつかず、思考だけがぐるぐる回る。
そんな俺の混乱を見透かすように龍谷所長は、一枚の紙——階級昇格の申請用紙を俺の前に差し出す。
「大丈夫、無理に今ここで答えを出そうとしなくてもいい。もし君に昇格の意志があるのなら、ここにサインと魔力印をして持ってきて欲しい。じっくり考えてみてくれ」
あくまで俺の意思を尊重するってわけか。
まあ、ここで即決しろって言われても困るから、ここはお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「……う、うす。分かりました。なら、少し考える時間をもらいます」
言って、申請用紙を受け取った時だ。
「分かった。じっくり考えてくれ。……それと、俺から一つだけ聞いておきたい事がある」
龍谷所長に真剣な面持ちで訊ねられる。
「——君は、岩代銀仁という男は知っているか?」
「っ!?」
思わず目を大きく見開いてしまう。
「……ええ」
知っているも何も、その男は——、
続きを言いかけようとして、それを遮るように龍谷所長は、
「……そうか。今の反応で分かった。今度こそ俺からは以上だ」
何故か追及してくる事はなかった。
……なんだったんだ?
俺の疑問を他所に、龍谷所長の視線は、俺から天頼に移る。
「それじゃあ……四葉。次はお前の用件を聞こうか。頼みってなんだ?」
天頼はどう話を切り出せばいいかといったように、僅かに逡巡する素振りを見せる。
それから数秒後、意を決したように口を開く。
「ボス。わたし……剣城くんとバディを組みたいです。なので、剣城くんをここの事務所に入れてもらえませんか?」
すると、龍谷所長は天井を見上げて小さく嘆息を溢した。
「……やはりか。お前のことだから大方そんなところだろうとは思っていたがな。俺としては、お前がそれで良いのなら構わないが……けどな、四葉。それはつまり——テメエのダンジョン配信に彼を付き合わせること……ひいては危険に巻き込むことだっていうのはちゃんと分かっているんだよな?」
背筋が震えるような低い声だった。
けれど、天頼は龍谷所長から目を逸らすことなく頷く。
「……はい、分かってるつもりです。彼にも了承はもらってます」
「俺も一応は納得してるっす」
事務所に着くまでの間にざっくりではあるが、天頼から事務所加入の話や裏方ではあるが、ダンジョン配信に参加してもらう旨は聞いていた。
それを踏まえた上で承諾してある。
俺としても天頼みたいなちゃんと実力のある冒険者と組めるのは願ってもない話なわけだしな。
——俺と天頼じゃ全く釣り合う気はしないんだけど。
とはいえ、正式にバディを組むかどうかは、実際にダンジョンに潜ってみない事には判断しかねる。
だから、それを確かめる為にこれから俺は——天頼のダンジョン配信に参加する。