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龍谷迷宮探索事務所

 ——龍谷迷宮探索事務所。

 ビルの入り口に立てかけられた看板を見て、俺が第一に思ったのは、


(……なんか想像していたのと大分違うな)


 普通、ダンジョン配信者が在籍するのはダンジョン配信者事務所だ。

 だが、天頼が在籍しているのは、迷宮探索事務所——簡潔に言えば、ダンジョンを専門とした私立の何でも屋だ。

 配信者が所属する事務所としては異端もいいところだろう。


 それに事務所の立地も気になる。


 今更だけど、俺らが今いるのは、ダンジョン周辺に設けられた警戒区域と呼ばれる場所だ。

 この区域は一般人の立ち入りは制限されていないが、この区域内でダンジョンに関連する災害に巻き込まれても国から補償の類がおりないので、基本的に人が寄りつくことはなく、一種のゴーストタウンと化している。


 ちなみにもっとダンジョンに近づくと、冒険者ライセンスを持った人間以外は完全立ち入り禁止の危険区域となっている。


 ——まあ、それはさておくとして。

 どうしてこんな場所に事務所を構えているのか、その理由を考えていると、入り口の扉を開けた天頼が手招きをする。


「オフィスはこっちだよ。付いてきて」


 彼女の後を追って、俺もビルの中に入る。

 入ってすぐのところに設置された階段で二階に上がり、上がったすぐのところにある扉を開ければ、まず視界に止まったのは要塞のようなデスクだった。


 複数のモニターやら周辺機器やらがずらりと並んでいて、その陰では俺と同じ歳くらいの少女が何やら作業をしていた。


 栗色のショートヘアに琥珀の瞳を覆う黒縁の眼鏡。

 座っているから目算になるが、体格は結構小柄そうだ。


 事務員……いや、バイトか?


「おはようございまーす!」


「あ、四葉。やっと来た。目的の彼は無事見つかったの?」


「うん、バッチリ! 剣城くん、紹介するね。あそこにいるのが水森(みなもり)陽乃(ひの)。私の動画の編集や配信のモデレーターをやってくれてるんだ。多分、今は絶賛動画編集中だね」


 天頼がそう言うと、水森は一旦作業を中断して席を立ち、こっちに向かって歩いてくる。

 俺の前までやって来ると深くお辞儀をして、


「初めまして、水森陽乃よ。昨日は、うちの四葉を助けてくれてどうもありがとう。本当に感謝してるわ」


「えっと、そんな畏まらなくても大丈夫っす。助けられたのは、偶然なんで。いやマジで本当に……」


 軽く会釈を返し、頭を掻きながら伝える。


 ……今の返答はちょい無愛想だったか?

 対人経験(※女子は特に)があまりないからか、逆に俺が緊張しちまうな……。


 天頼の場合は、ちゅるぎで思いっきりやらかしてパニくったせいか、逆に開き直って楽に話せてるようになってたからあれは例外だ。


 己のコミュ力の低さを痛感させられながら、ふと隣に視線をやる。

 すると天頼が隣で、借りてきた猫みたいになってるであろう俺をにまにまと眺めていた。


 くっ……コイツ、ぜってえ面白がってやがる……!


 思わず鋭い視線を飛ばすも、天頼は全く意に介していなかった。

 だけども、会話に困る俺を見かねてか助け舟は出してくれる。


「そうだ。ところで陽乃、ボスってもう来てる?」


「ええ、今は奥の部屋で電話中だけど」


「あちゃー、電話中かー。なら仕方ない。終わるまでちょっと待ってようか。剣城くんは、そこのソファに座って待ってて。私はお茶汲んでくるから」


「あ、ああ……」


 天頼に促されるまま、俺は近くに置かれた応接用のソファに腰をかける。

 俺がソファに座ったことを確認すると、天頼は部屋の奥にある給湯室らしき場所へ消え、水森は自席へと戻って行った。


 うーむ……手持ち無沙汰になっちまったな。


 あまりにもやる事がないから、オフィスの中をぐるりと見渡してみる。

 広さは小部屋を含めて、大体教室二つ分くらいはありそうだ。


 へえ、こうして見ると結構広いな。

 ……けど、広さの割には人の気配はなく、かなりスペースを持て余してる感じもする。

 となると、あんま従業員とかいないのか?

 まあ、私立の迷宮探索事務所なんて自営業みたいなものだし、何人も従業員いる方が珍しいか。


 なんて考えていた時だ。


「——君が剣城鋼理君か」


 腹に響くような低音。

 声がした方に振り向けば、そこに立っていたのはサングラスをかけた大男だった。


 サイドを刈り上げた荒々しい長髪オールバック。

 額から頬にかけて痛々しいまでに深くつけられた傷跡。

 鍛え上げられた筋骨隆々な肉体の上に袖を通す黒のレザージャケット。


 どっからどう見ても厳つい風貌は、見ているだけで震え上がりそうになる。


 有り体に言って——ガチで怖え!!


 この見た目、ヤがつく人よりヤのつく人じゃねえか……!!

 冗談抜きでそこら辺のモンスターと対峙するより恐ろしいかもしれない。


「はい、剣城鋼理っす」


 すぐにソファを立ち上がり、努めて平常心を保ちながら答える。

 すると大男は暫しの間、俺をじっと見つめた後、感慨深そうにふっと小さく笑みを溢し、


「そうか、君が——わざわざ足を煩わせてすまない。本来なら俺から君の元へ足を運ぶべきだったのだが、昨日の今日では都合が合わせられなくてな。……と、自己紹介が遅れてしまったな。俺は龍谷(りゅうこく)獅童(しどう)、この事務所の所長を務めている者だ。よろしく」


 右手を差し出して来るのだった。


「あ……う、うす。こ、こちらこそ……」


 それから龍谷所長と握手を交わしたのだが、その間、生きた心地がしなかった。

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