天頼さんはお見通し
——どうしてだ。
どうして天頼は俺のことを知っている?
彼女の後を付いていきながら、俺は必死に思考をフル回転させる。
今まで彼女と直接関わったことなど一度も無かったし、共通の知り合いがいるなんて話を聞いたこともない。
共通点があるとすれば、冒険者である事と同い年ってことくらいか。
……いや、それを共通点に挙げる時点で殆ど無いと言っているのと同義か。
念の為、過去に何かあったかもと記憶を掘り起こしてみるも、やはり何も心当たりは無い。
マジでなんで俺の元にやって来たんだ……?
——美人局……いや、そんなわけないか。
生憎、むしり取られるような物は持ち合わせてなどいないし、彼女がそんなことをするような人間には見えない。
余計に謎が深まるばかりだ。
あと……それはそうと、コイツはどこに向かってんだ。
この先は警戒区域に入ることになるけど。
軽い足取りで鼻歌を交えながら前を歩く天頼に訝しげな視線を送っていると、
「ふふっ、そんな熱い視線を向けられると照れちゃうなあ」
天頼がこちらに振り返り、はにかむように笑みを浮かべた。
「……あ、すまん。不躾だったか」
「ううん、気にしてないから大丈夫だよ。……ところで、ちょっとつかぬことを聞くんだけど、ちゅるぎくんはさ、サイレンスアサシンって知ってる?」
「ちゅるぎ呼ぶな。……まあ、一応は。あんだけバズってんだ。知らないって方が無理があんだろ」
「そうだよね。わたしよりもずーっと話題になってるもんね。」
あの……反応に困る自虐ネタやめてもらっていいっすか?
こちとらそういうの上手くいなせる会話スキルなんざ持ち合わせてないので。
どう返すのが正解なのか困惑していると、天頼はニコニコと見つめてくる。
——コイツ、俺のこと揶揄ってやがるな……!
察して鋭い視線を飛ばすも、どこ吹く風と流されてしまう。
……にしても、配信で見てたよりも意外と子供っぽいんだな。
配信越しに見る天頼は、誰にでもフレンドリーに接するが、礼節は弁えているタイプって印象があったんだが……まあ、配信上のキャラと実際の性格が違うなんてのはよく聞く話だ。
ガチファンからしたら、違う一面を見れてラッキーって思うのか、想像してたのと違うってなるのかどっちなんだろうな。
なんてつらつらと考えていると、天頼は笑顔を崩さぬまま続けて言う。
「凄いよね、彼。S級モンスターを一太刀で倒しちゃうんだもん。それも姿を一切見せることなく」
「らしいな。確かスライムの核を真っ二つにぶった斬ったんだったか」
「そう! しかも噂によると、一キロも先から攻撃してたみたいなんだよね」
「ふーん、凄え射程距離じゃん。世の中、便利なスキルもあるんだな」
話を合わせる為とは言え、なんか自画自賛してるみたいで気持ち悪い。
でも実際、強い弱いは別として便利なスキルなのは間違いないはずだ。
……つっても、昨日みたく討伐だけが目的ならいいけど、普段使いには適さないのが難点だけど。
超遠くから攻撃して倒すまではいいけど、それだと魔石が回収できない。
ダンジョン探索一本で活動する冒険者の主な収入源は、モンスターから回収できる魔石や素材だ。
それらをダンジョンに関わる全般を取り仕切る組織である冒険者組合に売却することで生計を立てている。
だから昨日のスライムに使ったような超長距離遠隔斬撃は、オーバースペック過ぎて逆に使い道が無いのが実情だ。
こういうのってなんていうんだったか。
猫に小判、豚に真珠、宝の持ち腐れ……まあ、なんでもいいか。
「……で、なんで急にサイレンスアサシンの話を?」
「えっとね。その……うん、単刀直入に訊くね」
言って、天頼は俺に体ごと向けて、一度だけ深呼吸をすると、
「——剣城くんだよね。サイレンスアサシンの正体って」
「……は?」
時が止まる感覚がした。
まさか、もうバレてるのか……?
いやいや、あり得ないだろ。
常識的に考えれば、俺が候補者に上がることすらおかしいのだから。
けれど、天頼は俺の論理の逃げ道を塞ぐように、
「昨日、事務所に戻ってから池袋ダンジョンのログを調べてもらったんだ。ダンジョンをいつ誰が出入りしたか記録されているのは、剣城くんも知っているよね?」
「ああ、まあな。冒険者なりたての頃に新人向け講習会で習ったからな」
全てのダンジョンには、入り口にゲートが設置されており、そこを通過するとログが残る仕組みになっている。
ダンジョン内で行方不明者が出た際、救助隊と入れ違いになってしまわぬようにしたり、犯罪者がダンジョン内に潜伏するのを予防したり、冒険者ライセンスを持たぬ一般人がダンジョンの中に入ってしまわぬようにする為などといったように、目的は様々だ。
「それでダークネスカオスジャンボスライムが撃破された後に池袋ダンジョンを出た冒険者のリストを見せてもらったんだ」
「……確認早過ぎだろ」
ダンジョンの出入記録は、冒険者組合に照会をかければ、中身を確認することができる。
だが、正規の手続きを踏むと最短でも数日はかかるはず。
それを一晩で——いや、それよりももっと早いか——閲覧できたのは、冒険者組合の中枢に近い人間に伝手とかコネがあるということか。
まあ、何にせよ……もう詰みに近い状況で間違いないだろう。
観念して俺は空を仰ぎ、小さく嘆息をつく。
俺の態度で天頼も確信がついたようだったが、それでも説明は続ける。
「そして、斬撃系であるのに加えて、離れた場所からでも攻撃ができそうなスキルを持っていたのは……剣城くん、きみだけだったんだ。どうしてEランクのきみがあそこにいたのか疑問ではあるけど、でも……そういうことでいいんだよね?」
「……一体、俺をどうするつもりなんだ?」
訊ねれば、天頼はほんのりと頬を赤く染めて微笑んでから、ぺこりと頭を下げた。
「昨日は、助けてくれて本当にありがとうございました。それから——厚かましいことは重々承知してるのだけど、きみに一つお願いしたいことがあります」
「お願い……?」
うん、と短く答えると、少しだけ間を挟んでから、意を決したように、
「剣城くん。わたしと——バディを組んでくれませんか」
「………………えっ?」
マジで言ってるの?
余計に頭がこんがらがった。