鬼バズと突然の来訪者
俺は今、狂喜乱舞したい気持ちと戦々恐々とした気持ちの板挟みになっている。
理由は単純。
昨日のスライム撃破の件がバズりにバズりまくったからだ。
なんだよ、トレンド一位”サイレンスアサシン”って。
ダンジョンから家に帰った後、SNSを開いたらそんな見慣れないワードがあって、何事かと思って調べてみたら、完全に俺のことだったじゃねえか。
曰く、一切姿を見せず、更には音も気配もなくS級モンスターを倒したから、そんな御大層な名前がつけられたらしい。
しかもスライムを撃破した瞬間を切り抜いたショート動画はもう三百万回くらい再生されているし、朝からずっと教室の中は昨日の天頼の配信の話題で持ちきりだ。
「なあ、昨日の天頼四葉の配信に出てきたダカスラって、一体どうやって倒したんだろうな?」
「核が真っ二つになってたって話だし、普通にぶった斬ったんだろ。スライムって斬れやすいらしいし」
「いやまあ、そうなんだけどよ。でも、ダカスラは例外だろ。あいつの身体って凄え強力な酸で出来てるから、刃物が核に届く前にまず間違いなく溶けるぞ」
おかげでなんとも言えない居た堪れなさに苛まれていた。
言っておくが、俺の事で話題になっていること自体は素直に喜ばしい。
別に悪いことはしてないし、結果として二人モンスターから助けることが出来たんだからな。
賞賛と感謝のコメントを見ると、舞い上がりたくなるほど嬉しくなるし、顔もついついにやけてしまう。
ただ問題があるとすれば……謎の冒険者”サイレンスアサシン”の虚構像が勝手に形成されつつあるということだ。
「サイレンスアサシンやばくない!? あの天頼ちゃんを窮地から救ったのに姿すら見せないなんて……!」
「ねー! 魔石の回収にすら来なかったし、本当に善意だけで彼女を助けたんだね」
「本当かっこいいし、憧れるわー! きっと見目麗しいお方なんだろうなあ……!」
きゃー、と黄色い歓声が上がる。
理想を裏切って申し訳ないが、謎の冒険者の正体は教室の隅で大人しくしているぼっち野郎だ。
天頼の前に姿を見せなかったのも、魔石を回収しなかったのも、ただ単にモンスターと遭遇するのが怖くて速攻でダンジョンの外まで逃げたからに過ぎない。
何故かネット上の反応もそこの女子グループと同じような感じで、いつの間にかサイレンスアサシンは正義感溢れるイケメン——って風潮が出来つつある。
そんな状況で「はい、俺が謎の冒険者”サイレンスアサシン”の正体です!」なんてとてもじゃねえけど言えねえよ……。
カミングアウトしたら彼らの理想を裏切る事になるし、そもそも言ったところで信じてもらえないと思う。
何故なら、俺の冒険者の階級がG〜SまであるうちのEだからだ。
その程度の実力の奴がS級モンスターを倒すなんて到底考えられないし、まずどうやって下層までソロで行けるんだって話にもなる。
一応、どっちに対しても説明はつくけど……ほら吹き野郎扱いされるのが関の山だろうな。
ま、人の噂なんて一時のものだ。
暫く大人しくしてたら、次第に話題も収まっていくだろ。
——なんて、
考えていた時期もありました。
そいつは唐突にやって来た。
放課後、今日はダンジョンには寄らず、まっすぐ帰宅すると、
「ねえ、君。ちょっといいかな?」
自宅のアパートの前で声を掛けられる。
なんか聞いたことがあるなと思いつつ、声がした方へ振り向いた直後、思考が固まった。
大きめなフードですっぽりと顔を覆い隠しているが、それでもすぐに分かった。
俺の前に立っていたのは、
「……は?」
ブレザー姿の天頼四葉だった。
瞬間、今度は思考回路がバグりそうになる。
なんで有名配信者(しかも現在、渦中の中心にいる)が俺の家の前にいるんだよ……!?
「えっと、誰かお探しっすか……?」
「うん。剣城鋼理くんって人、知ってる?」
やっぱ人探しか……って、ん?
おい、ちょっと待て、剣城鋼理って……うん、俺だな。
は? え、なんで俺?
いやいや、早まるな……まだ俺と確定したわけじゃない。
もしかしたら同姓同名も違う人物かもしれない。
……あ、剣城も鋼理も学校で俺一人しかいねえわ。
そうなると、天頼はわざわざ俺に会いに来たっていうのか?
——いやいやいや、どう考えてもあり得ないだろ。
俺の知名度なんて皆無だぞ、底辺で燻っている配信者以下だぞ。
なのに、なんで俺の名前を知って……。
それに何故だか分からないけど、物凄く……ものすごーく嫌な予感がする。
関わり合いにならない方が良いと本能が告げている。
なので天頼には悪いが、ここは適当に白を切ってお暇させてもらうとしよう。
「さささ、さあ……ちゅるぎなんてししっ、し、知らない人っすね……」
噛みまくりじゃねえか!!
つーか嘘つくの下手過ぎんだろ、俺……!!
大根芝居にも程があるぞ……。
「……ふうん、そっかあ」
残念そうな口ぶりとは対照的に、にんまりと笑みを浮かべる天頼。
何その笑顔……普通に裏がありそうで怖いんすけど。
いや、あれこれ考えるのは後だ。
とりあえずさっさとこの場を離れ——
その時だった。
「あら、剣城君じゃないか。今日は随分と早い帰りだね」
「あ……うす、どうも」
近くを通りがかった大家のおばさんに話しかけられたので、反射的に会釈を返して——すぐにやらかしたと気づく。
……しまった、名前を呼ばれてつい反応してしまった。
だが、後悔した時には時既に遅し。
恐る恐る天頼の方に振り向けば、彼女はとびきりの笑顔を浮かべて口を開くのだった。
「ね、ちょっと付き合ってもらっていいかな——ちゅるぎくん?」