タイムアップ
強大な重力場による影響で、頭部に巡って来た血液が絞り出されるようにして噴出を繰り返す。
それでも頭がひしゃげる事はなく、一向に弱る気配もない。
どうにか重力場から抜け出そうと、のたうち回るグランザハークにある種の恐怖が芽生えてくる。
「おいおい、どんな生命力してんだよ……!!」
化け物かよ、コイツ……!?
……うん、普通に化け物だったわ。
そもそも、この程度で死ぬのなら十年前に討伐されてるか。
致命傷となる部位をぶった斬ることができたとはいえ、少なくともまだまだ安心できるような状況にないことは確かだ。
「……油断はするなよ」
「うす。分かってます」
確実にとどめを刺すなら、首を落とすか心臓を潰す、もしくは……魔核を破壊しないとダメか。
それをやる為には、さっきと同等以上の威力の遠隔斬撃を放たなきゃならないが、今の俺の技量では、準備している間に再び動き出してしまう可能性の方が高い。
となると、一度体勢を整え直して、攻撃の機会を窺う方が賢明か。
考えているうちに阿南さんは、一旦スキルを解除すると、グランザハークとの距離を保ちつつ、即座に掃討部隊がいる場所から更に距離を取り始める。
俺も打刀を鞘に納めて魔力を籠めながら、すぐにその後を追いかける。
「天頼四葉の攻撃が止み次第、すぐに戦闘が再開すると思った方がいい。それと今の攻撃で奴は君を脅威と認識したはずだ。恐らく、天頼四葉よりもな。だからさっきよりも警戒を強めておくんだ」
「いやいや、それは大袈裟なんじゃ……。だって、あいつと比べたら俺は虫みたいなものですし」
「——虫、か。言い得て妙だな。確かに彼女と君では、攻撃の規模も威力もまるで違う。天頼四葉の戦い方は、まさに天災だ。……だが、生物を死に追いやるのは、何も自然災害だけじゃないだろう」
新たに蠍のようなモンスター出現し、すぐさまこちらに襲いかかってくる。
大蠍の攻撃を阿南さんは、スキルの障壁を纏わせた大盾で防ぐと、
「例えば……動物。通常の動物であっても、それらが原因となった死亡事故は多く発生している。一般の人間からすれば、熊や猪でさえ十分脅威となる。そして、モンスターを除いて、この国で最も人を殺している生物の一つは——蜂だ」
反撃機能を持った障壁で大蠍を屠ってから続けて言う。
「自身よりずっと大きな存在を死に至らしめる必殺の武器を持った雀蜂……君はまさにそれだ。君の場合、武器は毒針じゃなくてその刃ではあるがね」
「スズメバチ……」
確かに虫ではあるけど。
まあでも、天災と雀蜂——スケール差としては妥当っちゃ妥当か。
思った時だった。
さっきからずっと吹き荒れていた暴風がぴたりと止んだ。
「——っ!? 天頼!!」
「……おい!!」
途端、俺は咄嗟に叫びながら、グランザハークがいる方に進路を変えて全力で駆け出す。
上空にいた天頼が新たに術式を発動しようとして突然、糸が切れたようにして地上に落ち始めたからだ。
空を飛ぶ術式が解除されたのか……!?
でも、まだ重力場を発生させる術式は起動しているし……いや、そんなこと今はどうだっていい。
まずは天頼が地面に衝突することを防ぐ……!
地面を蹴る瞬間だけ脚力にブーストをかけ、落下地点に急行する。
無我夢中のまま疾走し、勢いを乗せたままスライディングすることでどうにか天頼を抱き留めることに成功する。
「……っ、ギリギリセーフ……!!」
魔力の出力がかなり弱まってる——魔力切れを起こしたか……!
けど、それもそうか。
結界内に入ってからずっと休むことなく大技ばっかぶっ放してるんだ。
戦闘時間や内容を考えると、魔力の消費量は伊達さんのそれすらも大きく上回っているだろう。
であれば、いかに膨大な魔力量を持つ天頼であっても魔力切れを起こしたとしても何らおかしな話ではない。
「あ、れ……つる、ぎ……アシスタント、くん……? どうして、ここに?」
「どうしても何も、急にお前が落ちてきたからだよ」
「——あ……ホント、だ。あはは……ごめんね。こんな、肝心な時に」
弱々しい声で空笑いを浮かべる天頼。
心配かけまいと笑顔を見せているが、もう体力的にも精神的にも限界を迎えていることは見て明らかだ。
「今は無理に喋らなくていい。とにかく休んでろ」
天頼を地面に横たわらせてから俺は、打刀と脇差を引き抜き、魔力を思いっきり流し込んで地面を薙ぐ。
放たれる二つの遠隔斬撃は、グランザハークの両眼を斬り裂くことに成功した。
「っし!」
抜刀術での一撃よりは威力が下がっているにも拘わらず攻撃が通ったのは、喉元をぶった斬ったことでさっきよりも魔力による防御力が落ちたおかげだろう。
それと天頼が放った重力場の術式がギリギリ残ったままなのも大きかった。
——でもまあ、どうせ速攻で治癒するんだろうけど……!!
だが、ちょっとだけでも時間を稼げれば十分だ。
その僅かに生み出した隙で——、
「退くぞ!」
逃げる。
天頼を背負い、全速力でこの場を離れる。
俺が真っ向から立ち向かって勝てるわけねえだろ。
天地がひっくり返ってもそれは絶対にありえない。
そもそも俺がここに来たのは、天頼を回収する為だ。
グランザハークと戦うつもりは毛頭ない。
じゃなきゃ、わざわざ危険を冒してまで突っ込みなんかしねえよ。
「とりあえず、阿南さんと合流するのが最優先か」
そこからどうにか掃討部隊に合流を——、
「……つるぎ、くん」
俺にだけ聞こえる声量で、天頼が口を開く。
「わたし、大丈夫……だから。だから……まだ、戦うよ」
「はあ!? 馬鹿か! そんなんでもう戦えるわけねえだろ!!」
思いもよらぬ発言に、つい叫んでしまう。
何言ってるんだよ、こいつは。
「でも……わたしが、戦わなかったら、あのモンスター……あっちに行っちゃう」
今にも泣き出してしまいそうな表情で声を絞り出す天頼。
視線は結界入り口に向けられていた。
「大丈夫だ。仮にあっちに向かったとしても、あの人達ならどうにかしてくれるし、誰もお前を責めはしねえよ。さっきも言ったけど、まず休むことに専念しろ」
「けど、それだと——!!」
「けどもでももねえ!! 犬死にしてえのか!?」
背中越しにびくりと震えるのが伝わる。
ああ、くそ……こんなブチ切れてどんすんだよ……!
だが、諭してられるような状況でもないし、こうでもしないと天頼は無理してでも戻ろうとするだろう。
なんでかは知らんが、天頼は周りを危険に晒す事を極端に恐れている。
初めてダークネスカオスジャンボスライムと対峙していた時も、ベヒーモスと戦った際も。
どれだけ敗色濃厚だろうと天頼は、きっと果敢に立ち向かうだろう。
——志は尊敬できるけど、やっぱり賞賛はできない。
それで死んでしまったら元も子もないし、残された側に辛い思いをさせることになるから。
程なくして、阿南さんと合流を果たすことに成功する。
「阿南さん、すみませんでした! 勝手に行動してしまって……!」
「気にしなくてもいい。おかげで彼女が無事に済んだのだから。それよりも……来るぞ!!」
直後、阿南さんは大盾を地面に突き立てスキルを発動させる。
振り返れば、さっきとは桁違いの量の膨大な瘴気を辺りに撒き散らしながらグランザハークが身体を起こしていた。
魔力の放出量も増加している。
これ……もしかしなくても、かなりまずいやつ?
グランザハークの視線がこちらに向けられる。
瞬間、背筋にぞくりと戦慄が走るが、阿南さんの強張った表情がほぐれた。
「——間に合ったか」
「へ?」
そして、呟いた刹那——グランザハークの胸部に大きな風穴が生まれた。




