幕間〜幼き頃の記憶〜
「父さん父さん! 俺に稽古つけてよ!」
幼い少年が目をキラキラと輝かせて、ソファに座る銀髪の男性の元へと駆け寄る。
少年の腕に抱えられている二本の木刀に視線をやると、男は少しだけ困ったように、だけど柔和に笑みを浮かべる。
「やれやれ、お前は相変わらず元気だな。分かったよ、一丁やろうか」
「やった! 今日こそ一本取ってみせるからね!」
少年から木刀を受け取ると、二人は庭先へと歩いていく。
それから互いに木刀を構え、向かい合うと、
「さあ、来い!」
「うん、行くぞー!」
少年は勢いよく地面を蹴り、男の懐へと飛び込んだ。
「やああああああっ!」
しかし、少年の渾身の一振りは簡単に防がれてしまう。
木刀同士がぶつかり、少年が力一杯押し込んでもぴくりともしない。
「おっ! また腕を上げたな。前やった時よりも動きが良くなってるぞ」
「涼しい顔で言われても全然嬉しくない!」
「ははは、そりゃ父さんはとっても強いからな。さあ、どんどんかかってこい!」
「ぐぐぐ……絶対ぎゃふんと言わせてやる……!!」
木刀を力一杯に握りしめ、少年はめげることなく再び男の元へ飛び込んでいく。
最終的に少年が疲れ果てて動けなくなるまで付き合ってもらった。
「ああ、クソッ! また一本も取れなかったー!」
手合わせを終えると同時、仰向けに倒れると少年は、鬱憤を晴らすように叫んだ。
「前にやった時よりずっと強くなってたぞ。流石は俺の子だ!」
男の言葉に少年は、期待を胸を膨らませながら飛び上がるように上体を起こす。
「本当!? じゃあさじゃあさ、あとどれくらいで父さんに勝てるようになる!?」
「そうだなあ……ざっと二十年ってところか」
「えーっ!? 長すぎるよ!!」
ぶーぶーと唇を尖らせる少年に、男は自慢げに胸を張りながら、大きく口を開けて笑ってみせる。
「そりゃ、父さんはとーっても強いからな。簡単にお前に追いつかれるわけにはいかないさ」
「だからって二十年も待てないよ!」
「そうか。なら、とっておきの秘密道具をお前にやろう」
そう言って男性は、庭の片隅に置かれてあった物置を漁ると、中から一振りの木刀を取り出した。
通常サイズよりも一回りほど大きいが、特段変わっている点と言えるのはそのくらいだ。
「ただの木刀じゃん」
「違う、超スーパーな木刀だ。中に特殊な鉱石が仕込んである」
「ふーん。それで、これで何をすればいいの?」
「素振りだ。毎日欠かさず、ひたすら振り続けるんだ」
すると、少年の顔があからさまに歪む。
「え〜、地味! もっと分かりやすくパワーアップする方法はないの?」
「ない! 強くなるには地道な鍛錬を積み重ねるしかないんだ。たとえ周りがどれくらいのスピードでどれほど成長しようと、自分のペースを崩さず淡々と、けど決して手は抜かずにちゃんとな。そうすればいつの日か、努力が花を咲かす日がやって来るから」
男は少年の頭にポンと手を置くと、わしゃわしゃと撫でながら笑いかける。
しかし、それで納得できなかった少年の表情は依然不満そうだ。
「また小難しいこと言ってる。そんなんで本当に強くなるの?」
「勿論だ。父さんもそうやって強くなったんだから間違いない。だから騙されたと思ってそいつを毎日振ってみるといいさ」
「……分かった。嘘だったらアイス買ってよね。三段のやつ」
渋々ながらも少年は、男から超スーパーな木刀を受け取る。
実際に持ってみると想像の数倍重く、思わず落としてしまいそうになったが、どうにか堪えてそのまま素振りを始める。
近い将来、絶対に男を見返してやると、心に誓って。
この日から、超スーパーな木刀での素振りは少年の日課になった。
そして、その一週間後——突如発生した未曾有の大災害によって、男は命を落とした。
——アラームが鳴る。
「……ん」
朝、か。
まだ朦朧とした意識でスマホを手に取り、アラームを停止させる。
「眠……」
このまま二度寝したいけど……起きないと、か。
自分に言い聞かせて、どうにかベッドから降りる。
日課だけはサボるわけにはいかないからな。
「なんか、懐かしい夢を見たな……」
サッと身支度を済まして眠気が醒めてきた頃、ふとぼそりと呟く。
思い返してみると、親父……結構良いこと言ってたんだな。
今なら親父が言ってた事がちょっとは分かる気がする。
確かに強くなるには地道に努力するしかねえな。
焦らす、自分のペースでな。
「——さてと、今日もやるか」
そして、住んでるアパートの前に出た俺は、今日も欠かさず超スーパーな木刀で日課の素振りを始める。




