終局の遠距離斬撃
新人冒険者二人を階層入り口にある転送装置の前で下ろし、俺は女の子に声をかける。
「ここから先は、あんたらだけでも大丈夫そうか?」
「……は、はい」
少女は、か細い声で答えて頷く。
顔を見れば、ほんの少しだけ血色を取り戻していた。
「あ、あの……あなたは、一緒にダンジョンを出ないんですか?」
「……まあ、出来ることならそうしたいところだけど。まだ、やることがあるから」
「やることって……?」
「相棒の手助け。と言っても、まだお試し契約中だけど」
冗談めかして言ったつもりだったが、
「は、はあ……」
あまりピンと来てなかったようので、俺は咳払いをする。
「……ともかく、急いでダンジョンを脱出してくれ」
「はい……その、ありがとうございました……!」
未だに気を失っている少年を連れて、女の子がダンジョンを脱出したのを確認してから俺は、ナイフに魔力を籠め、遠隔斬撃を飛ばす。
狙いは天頼の足元——足元に斬撃が発生したことを確認した直後、遠くで巨大な炎の塊が発生していた。
「——っ」
気づいた直後、俺は咄嗟に階層と階層の間の空間に逃げ込んだ。
遠目からでもはっきりと視認できるということは、かなりの大きさであることは間違いない。
流石にここまで余波が飛んでくるとは考えづらいが、念の為だ。
同時にナイフに魔力を籠めつつ、スマホを取り出して天頼の配信を確認する。
マイクが壊れて音声は拾えなくなっているが、映像はまだ見れるはず。
向こうの様子が分かれば、ここからでも何かやれることがあるはずだ。
思いつつ画面を確認すれば、さっきのバカみたいな炎の塊がベヒーモスに降り掛かろうとしていた。
続けて青緑色で半透明のベールがドローンカメラごと天頼を包むと、その直後に階層の中から熱波が吹き抜けた。
「熱っ……!」
これだけ離れてこの熱さって……どれだけぶっ飛んだ威力なんだよ。
苦笑して画面に視線を戻せば、周りの地面は黒焦げになっていた。
だが、マグマに焼かれてもベヒーモスはまだ生きており、天頼もそれを分かってか次の術式を発動しようとしていた。
天頼が呼び出したのは、巨大な水の龍だった。
「なんで、このタイミングで水の術を……?」
疑問に思うも、天頼が再び防御用の術式を展開している間に流れたコメントで彼女の意図に気づく。
”水蒸気爆発起こす気!?”
”これガチのヤバいやつだ!”
”一帯全部吹っ飛ばすつもりだ!!”
”これ水蒸気爆発をやるつもりだぞ!”
”下手したら階層全体が爆発に巻き込まれない!?”
瞬間、俺は急いで更に距離を取りながら全身を魔力で固めた。
身体強化も肉体の強度を上げることに重きを起き、これから来るであろう衝撃に備える。
けれど、ナイフには魔力を籠め続ける。
いつでも遠隔斬撃を放てる用意だけはしておかなければならないと、そんな予感がしていた。
そして、程なくして凄まじい衝撃が階層全体に伝播した。
その前にできるだけ二十二層に近いところに移動しておいたこともあって、爆発の影響をさほど受けずに済んだが、それでも身を固めていなければ無傷では済まなかっただろう。
天頼の攻撃が沈静化してから俺は、再び二十三層の中に突入した。
——天頼とベヒーモスの戦っていた場所を中心に広大な更地が完成されていた。
目の前の光景に思わず息を呑む。
だけど、俺の中で生まれたのは安堵ではなく戦慄だった。
ベヒーモスがまだ生きており、魔力ブレスを天頼に放とうとしていたからだ。
しかも——、
”魔力ブレスが来る!”
”四葉ちゃん逃げて!”
”え、嘘! このままじゃ四葉ちゃん死んじゃう!”
”誰かいないのかよ”
”人どころかモンスターすらいねえよ!”
”いやだあああああ!!!!!”
”こんなことあっていいのかよ”
”誰か四葉ちゃんを助けて!!!”
さっきの攻撃で魔力を使い果たしたのだろう。
ドローンカメラは、膝を突いて身動きが取れなくなった天頼を映していた。
「——天頼っ!!!」
このままだと天頼が死ぬ。
……いいや、そんなことはさせない。
——まだお前を死なせない!!!
思った刹那——無意識だった。
俺は反射的にありったけの魔力を今までにない出力でナイフに籠め、力任せに地面を薙いだ。
直後、過剰に魔力を流し込んだ反動で刀身が根本から粉々に砕け散ってしまう。
けれど、数秒もせずに骨ごと肉を断つ手応えが手に伝わると、遠くから感じていた魔力が消失した。
異様な静けさが場を包む。
不気味なくらいに風がなく、生命の気配を一切感じず、俺の呼吸と心臓の音だけがやけにうるさく聞こえる。
それからゆっくりとスマホに視線を落とせば、ベヒーモスが首と胴を切り離されて斃れていた光景が映し出されていた。
”うおおおおおおおお!!!”
”ベヒーモス倒したあああ!!!???”
”良かったーーーーーー!”
”四葉ちゃん、死なないで本当に良かった……”
”誰だか知らないけど、四葉ちゃんを助けてくれてありがとう……!”
”おい、今のもしかしてSAか?”
”SA……お前ダンジョン内に残ってたのかよ”
”美味しいところ持っていきやがって……ありがとう”
”ごっつぁんキルだけど、四葉ちゃん助けてくれてサンキュー!”
「……凄えな、昨日もこんな感じだったのか」
絶望一色から一転、チャット欄はお祭り騒ぎとなっていた。
まあ、推しの配信者が死なずに済んだのだから、当然と言えば当然なのだが……なんだかこそばゆい。
これまで表彰とは縁のない生活だったから、こんなにも多くの人から賞賛されることに慣れずにいた。
——なんて、できるだけ冷静でいることを努めているが、さっきからずっと強く拳を握り締めている。
今すぐにでも雄叫びを上げたい衝動を抑えて、俺は階層の中を進んでいた。
一時的にだが、モンスターが消失した荒野——とすら呼んでもいいのか怪しい更地——を歩いていれば、ぽつりと人影が見えてくる。
全てが抉れた地面の中で唯一元の状態を保っている場所の中心で、ぼーっと座り込んでいる彼女に向かって、
「天頼!」
呼びかければ、彼女が徐にこちらに振り返る。
見るからに疲れ切っている様子だったが、俺に気がつくとにこりと笑ってくれる。
だから俺もフードと襟巻きを外して拳を突き出せば、天頼も満面の笑顔で拳を突き出した。




