最終奥義
四葉の頭上に水の球体が生成されると、巨大な龍を模した激流となり、主人である四葉を守るように周囲を漂う。
それからすぐさま、
「——不動磐砦、霞羽衣!」
三属性の魔力を同時に操り、術式を二重起動させる。
瞬間、地面から分厚い岩盤が何枚も突き出て、バリケードのように前方を広範囲に渡って隙間なく覆い隠し、水と風のベールが四葉を包む。
そして、残った魔力の殆どを使って作り上げた岩盤を強化したところで、
「行って!」
荒ぶる水の龍を解き放つ。
これで決める——っ!!
今から繰り出す攻撃は、四葉が現時点で使える最終奥義だ。
地属性の術式で発生させた無数の岩石を火属性の術で超高熱のマグマに変化させ、水属性の術式で生み出した膨大な量の激流をそれにぶつける。
そうすれば何が起こるか、答えは単純だ。
——水蒸気爆発。
ベヒーモスの右腕に水の龍が喰らいつた瞬間だった。
大地震が起こったと錯覚するくらいに地面が激しく揺れ、魔力を帯びたことで、より常軌を逸した威力となった衝撃波が一瞬で階層全体に伝播した。
「っ、……!」
岩盤の防壁と水と風のベールが瞬く間に破砕されるも、最大限に防御を強固にしていたおかげで四葉本人は無傷で済む。
直後、視界が開けると、ベヒーモスを中心にした周囲数百メートルの地面が抉れ——四葉が術式で守っていた場所を除き——更地となっていた。
これ程の威力だ。
常識的に考えれば、今の爆発に巻き込まれたら原形を留めるどころか、肉片一つすら残らないだろう。
だが、四葉は目の前の光景に愕然とした。
「……嘘」
ベヒーモスは——それでもまだ生きていたのだ。
全身が肉塊寸前になりながらも、双眸はしっかりと四葉を捉えていた。
しかも、脅威はそれだけではない。
ベヒーモスの口元には、膨大な魔力が収斂していた。
四葉は、すぐにそれが何なのかを察する。
——魔力ブレス。
間近で魔力込みの水蒸気爆発を喰らったにも拘らず、五体を残して耐え切って尚、反撃する余力を残していた。
とはいえ、この攻撃は恐らく、己の命を代償とした最期の一撃だ。
証拠に体内に僅かにだけ残っていた魔力を全て一点に集めたからだろう。
千切れかけていた右腕が自重に耐えきれなくなり、肩ごと崩れ落ちた。
ベヒーモスがバランスを崩して倒れそうになる。
それでも、残った左腕と後脚でどうにか身体を支えて体勢を立て直すと、再びこちらに向けて照準を合わせた。
ベヒーモスの放つブレスは、単純な仕組み故に絶大な威力を誇る。
たとえ死にかけであったとしても、直撃すればひとたまりもない。
しかし、今回は無理に防ぐ必要はない。
攻撃範囲の外に逃れてやり過ごすだけでいい。
そうすれば、このブレスを放出した後、ベヒーモスは絶命するはずだから。
幸いというべきか、今のベヒーモスには、走り回る標的を狙えるほどの余力も残されていない。
身体強化を施さずとも回避は容易だ。
ただ唯一問題があるとすれば、それは——、
「く、……!」
さっきの攻撃に魔力の殆どを使い果たしたせいで、四葉も満足に動けなくなっていることか。
急激な息苦しさと疲労に襲われて膝から崩れ落ちる。
すぐに立ち上がろうにも、全く力が入らなくなってしまっていた。
”魔力ブレスが来る!”
”四葉ちゃん逃げて!”
”え、嘘! このままじゃ四葉ちゃん死んじゃう!”
”誰かいないのかよ”
”人どころかモンスターすらいねえよ!”
”いやだあああああ!!!!!”
”こんなことあっていいのかよ”
”誰か四葉ちゃんを助けて!!!”
ドローンに視線をやれば、チャット欄が阿鼻叫喚となっていた。
そのことに気づいた四葉は、リスナーに心配をかけてしまっていることを一言詫びたかったが、声を振り絞ることすらできなかった。
——って、そうだ、マイク壊れてるんだった。
スケッチブックは……どっか消えちゃった。
周りを見回しながら、これが走馬灯なのかな、と四葉はふと思う。
時間と動きが鈍くなっているのに反して、思考は鮮明に回っていた。
こうなるんだったら、『赫灼隕』を落とした後に逃げておくべきだったなあ。
あの時点で、三人が逃げる時間を稼ぐ目的は達成できていたのだ。
撃破することに傾倒して魔力を使い切らなければ、少なくともこんな事態には陥らなかった。
陽乃とボスには申し訳ないことしちゃったな。
ごめんね、わたしの力と考えが足りなかったばっかりに。
あーあ、ボスみたいには上手くはいかなかったか。
でも……今回はちゃんと守れたよ。
——あの時のボスみたいに。
本来であれば、昨日の時点で落としていてもおかしくなかった命だ。
それが一日延びただけでも僥倖と考えるべきだろう。
ベヒーモスの口元に集中していた魔力が迸った。
あと数秒もしないうちにブレスが放たれる。
訪れる最期の瞬間。
脳裏に親友と両親、それから恩人の顔が浮かぶ。
そして、最後に思い浮かんだのは——いかにも卑屈で陰気そうな少年の顔だった。
——剣城くん。
四葉にとって、もう一人の命の恩人。
彼がいたからこそ、S級とA級モンスターを同時に相手取りながらも、冒険者二人を無事に救出することができた。
色々とわたしのわがままに付き合わせてごめんね。
でも……あの時「一緒に命を懸けろよ」って、「バディだろ」って言ってくれたこと、本当に嬉しかったよ。
収斂していた魔力が、急激に膨張する。
高密度に圧縮した魔力が今、四葉に放たれようとした——その時だった。
唐突にベヒーモスの首元に亀裂のような何かが走ると、圧縮された魔力があっという間に霧散した。
「……へ?」
刹那、ベヒーモスの頭部が胴体から吹っ飛ぶようにして切り離されると、真っ逆さまになって地面に落ちる。
そこから遅れること数瞬、制御を失った胴体も力無く地面に倒れ、ずしんと音を辺りに響かせた。




