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射程無限剣士、ド陰キャ戦法でS級モンスターをぶった斬ったら謎の暗殺者扱いされて鬼バズする  作者: 蒼唯まる
第1章 陰から白日へ、一歩

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天秤を壊して

 叫び声がした方向へ単眼鏡越しに視線をやれば、およそ二百メートル先で少女が腰を抜かしていた。

 装いからして恐らく彼女も新人や若手の冒険者といったところか。


 でも、どうしてそんな冒険者がこんな場所に……?

 疑問に思うも、


”今日も転移罠に引っかかった冒険者出てる!?”


 ふと目に入ったコメントを見て合点がいく。


 っ、転移罠か——!!


 確かにそのパターンであれば、この状況に説明がつく。

 ——だとしても……流石に転移罠発動し過ぎではないか、という疑問が浮かぶのだが。


 本来、転移罠——というよりトラップが発動すること自体が極めて稀だ。

 なのに昨日と今日で俺を含めて四人も転移罠に引っ掛かるというのは、どう考えてもおかしい。


 偶然が重なっただけなのか、それとも——いや、そんなこと今はどうだっていい。

 それよりも問題なのは、少女を襲おうとしているモンスターだ。


 筋骨隆々の巨体を覆う紫紺の毛皮、二足歩行も可能とする強靭な四肢。

 サーベルタイガーを彷彿とさせる口元の両端に生えた巨大で鋭利な二本の牙に、二本の大きな捻れ角、それと一本一本の毛が針くらい硬そうな鬣。


 間違いない、あの魔獣は——、


”ベヒーモス!!!???”

”ベヒーモスとか嘘だろ!?”

”二人とも逃げて!”

”なんでこんな時に限ってベヒーモスが!?”


 ——ベヒーモス。

 過去、何人もの有力な冒険者をその圧倒的膂力と魔力出力で亡き者にしてきた——S級モンスターだ。


 クソッ、こんな時にベヒーモスとか一つも笑えねえよ……!!


 内心、忌々しげに吐き捨てる。


 このまま何もしなければ、あの少女は間違いなくベヒーモスに殺される。

 しかし、俺が助けに向かったとしても死体が一つから二つに増えるだけだ。


 だったら昨日のスライムをぶった斬った時みたく、不意打ちで渾身の遠隔斬撃を放てば仕留められ……いや、流石にそれは無理だ。

 そんな悠長に魔力を溜めてられる時間なんて無いし、俺のちんけな攻撃力ではベヒーモスの首は落とせない。


 それ以前に昨日、超遠距離斬撃が上手くいったのは、アイツがたまたま攻撃の通る相手だったというだけだ。


 ああクソ、どうする……どうしたらいい!?


 迷ってる猶予はない。

 今すぐに決断を下さなければ、手遅れになる。


 死を前提に戦うか、見捨てるか。

 胸糞悪い最低な二択に迫られた末、後者に天秤が傾きかけ——、


「——灼蓮咆華(しゃくれんほうが)!!」


 レーザー砲のような莫大な灼熱波がベヒーモスを包み込んだ。


「、っ!?」


 灼熱波の発生源は俺のすぐ隣。

 視線を傾ければ、天頼が烈風を生み出したのとは逆の手で、炎の魔力を滾らせていた。


「はあ……はあ……やっぱり本気の術式同時起動はしんどいなあ」


 カメラの前だから、いつもと変わらない笑みが浮かべているが、瞳には悲壮なまでの覚悟が宿っていた。

 術を発動する瞬間こそ見てなかったが確信する。


 ——コイツ、躊躇いなくぶっ放しやがった。


 幾ら天頼ほどの実力者でも、ベヒーモスのような格上を相手にするのは相当キツいはず。

 昨日もそうだったけど、何でそんな迷わず助けようとする……!?


烈風弾(れっぷうだん)肆穿(しせん)


 続け様に天頼は、溜めておいた風の魔力を四つの弾丸にして遠く離れたゴーレムナイトに撃ち込む。

 だが、距離が離れ過ぎているせいか威力が足りず、岩石の一部を削り飛ばす程度に留まってしまう。

 奴を確実に屠るなら、もう少し距離を詰める必要がある。


 ……だが、それは少女を見捨てることに他ならない。


 ベヒーモスとゴーレムナイトのいる方向はほぼ真反対だ。

 先にどちらと戦うにしろ、確実に片方は放置しなければならなくなる。


 二者択一の選択に天頼は、


「……SAくん。私がベヒーモスとゴーレムナイト両方を同時に惹きつける。だからその間にきみは、二人の保護をお願い。保護できたら、そのままダンジョンの外に連れて行って」


 第三の選択を取ってみせた。


 ……確かにそれならどっちの冒険者も助けられる。

 これだけ見晴らしが良ければ、保護する最中に不意打ちを喰らうってこともないだろうし、仮に襲われそうになっても距離を確保できていれば、遠隔斬撃で対処可能だ。

 幸い、ブラックズーみたいな飛行系のモンスターがこちらを狙ってくる気配も今のところ無さそうだしな。


 確かに悪くない作戦だと思う。

 ——代わりに天頼が犠牲になる可能性が高いことに目を瞑れば、だが。


 ベヒーモス相手にタイマンで生き残れるかどうかすら怪しいのに、そこにA級モンスターが加わるとなれば、生存率は更に低くなる。

 時間稼ぎにだけ徹するにしても限界があるだろう。

 天頼がいくらSランク手前の飛び抜けた実力者といえど、流石に無謀だと言わざるを得ない。


 それを込みで、お前はどうするつもりだ、と目で訴えれば、


「大丈夫! 程々に相手をするだけだから。きみたちの無事が確認できたら、わたしもすぐに撤退するよ」


 他者に不安を感じさせないよう必死に努めたであろう貼り付いた笑顔。

 見た瞬間、何故だか無性にどうしようもないくらいの苛立ちが芽生えた。


 おい、待てよ——堪らず言葉が喉から出かけるも、




「グガアアアアアッ!!!」




 ベヒーモスの魔力の籠もった咆哮によって遮られる。

 視線をやれば、あれほど強烈な灼熱波をまともに喰らったにも関わらず、大したダメージを受けていないようだった。


 おいおい、あれで全然効いてないのかよ……っ!!


 轟きと迸る魔力で肌がびりびりと痺れ、恐怖と悪寒で背筋が震える。

 今の攻撃でベヒーモスの標的は、少女から天頼に切り替わっていた。

 ゴーレムナイトはともかく、少なくとも奴との戦闘はもう避けられない。


 おかげであの女の子は、どうにか危機を逃れられたが——。


 早鐘のように心臓が脈打つ中、どうするべきなのか必死に考えを巡らせる傍ら、今の咆哮でチャット欄が動揺しだす。


”あれ、なんか音声入らなくなったぞ”

”俺も。あっちでトラブった?”

”ベヒーモスの咆哮のせいじゃないか?”

”そうかも。あれ機械ダメにするっぽいし”

”高いのにもったいない……”

”機材が壊れただけで済むなら御の字でしょ”

”今そっちどうなってるの!?”

”四葉ちゃん、SAくん無事!?”


 コメントに気がつくと天頼は、俺のスケッチブックを拾い上げ、[大丈夫、問題ない]とさっき俺が書いたページを自身の笑顔と共にカメラに映す。

 それからこちらを振り向いて、


「剣城くん、それでいいよね?」 


 天頼が俺を本名で呼んでも、チャット欄に反応はない。

 今なら喋っても大丈夫か。


 思ったところで、俺は、


「——却下だ」


 絞り出すような声で、けれども迷う事なく答えた。


「……え?」


「そんなもん却下に決まってんだろ。なんで、お前だけ命懸けようとしてんだアホ」


 まさか断られると思ってなかったのか、きょとんと目を丸くする天頼。

 だが、構わず俺は、さっきから込み上げてくる無性な苛立ちを吐き出すように言葉を続ける。


「確かに俺はお前よりずっと弱いし、大して役にも立てない。実際、ここでの戦闘の殆どはお前に頼り切りだ。だとしてもな……俺は、お前に守られるだけの存在じゃねえんだよ。なのに、自分だけリスクを冒して、俺は安全圏から見ていろって? ふざけてんのか?」


「そ、そんなつもりは……っ!」


「だったら——俺の命も懸けろよ! 仮とはいえ、バディだろうが!」


 天頼の返事は待たない。

 言い終えると同時にナイフに魔力を籠め、全開にした魔力を全身に巡らす。


 前方を見据えれば、ベヒーモスから大量の魔力が溢れていた。

 恐らく、もう間も無くこちらに突っ込んでくるはずだ。


「——三十秒だ。三十秒であっちを片付けてくれ。その間、ベヒーモスは俺が相手する」


「えっ!? ……でも、それだときみが——!」


「大丈夫だ。普通に戦えば絶対負けるけど、まともにやり合わないなら、時間稼ぎくらいはなんとかなる。……いや、なんとかする。だから、秒で撃破して即蜻蛉返り頼むな」


 言って俺は、こっちに突撃してきたベヒーモスに向かって渾身の一太刀を放つ。


 狙いは左の後ろ脚の腱——まず機動力を削ぐ!


 繰り出した遠隔斬撃は、狙い違わずベヒーモスに命中する。

 腱を裂かれたベヒーモスが体勢を崩し、勢いよく転倒した刹那——俺は地面を強く蹴りながら天頼に叫ぶ。


「行け!!」


「……うんっ!」


 そして、天頼の足音が遠くなるのを感じながら俺は、ベヒーモスに全ての意識と神経を集中させた。

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