たんぽぽ野道にて
詩聖北原白秋の若かりし頃のエピソードをもとに書いてみました。
※辛い表現があるかと思います。読まれるさいはお気をつけください。
「皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在り・・・」
西暦1904年、明治34年の頃。
臥薪嘗胆という言葉をスローガンに、この年2月に日露戦争が勃発し、いよいよ日本が軍事主義へと傾倒していく真っ只中のことである。
熱気を帯びた波は九州にある福岡の田舎、柳川にも訪れていた。
日露開戦の数日後、学び舎にて勉学に励む1人の青年が自ら命を絶った。
北原隆吉(白秋)は教室でその報を知った。
それはまさに雷に撃たれたかのような衝撃であった。
彼は人目もはばからず慟哭し、涙と鼻水を垂らしながら教師に詰め寄った。
「きさんたちのせいで、白雨が・・・鎮夫が死んだとぞっ!」
大声で罵った瞬間、彼は担任に頬を殴られ吹っ飛ばされた。
教室の壁に叩きつけられ、一瞬、気を失った隆吉は気がつくとそのまま床に丸まったままで、涙が枯れるまで泣き続けた。
「ちきしょう・・・ちきしょう・・・なんで・・・どうして・・・なんでだよう!」
隆吉の無二の親友、竹馬の友、中島鎮夫は共に文学の道を志す仲間であった。
隆吉は白秋と鎮夫は白雨と名乗り文学に勤しみ、いずれは文壇を席巻するという大きな志を抱いていた。
以前からロシア文学に独学で傾倒する鎮夫は、おりしも日露戦争の機運が高まり、いざ開戦となると、白い目でみられスパイ容疑なんぞをかけられるようになる。
しかも、隆吉をはじめとしこの学び舎で文学を志す者たちは、戦時下特有の標的とされ教師をはじめ生徒からも「文弱の徒輩」「軟弱者」と罵り嘲られるようになってしまう。
それまで二人の文才に褒めたたえていた皆が一変豹変し軽蔑する様に隆吉はただただ憤慨した。
「なんやあの手のひら返しはっ!」
そんな彼をみて親友は、
「なるようにしかならんて」
と、穏やかな顔でどこ吹く風であった。
彼の優しい眼差し。
(気づいてあげれんかった)
親友なぞと公言しつつ、彼の真なる苦しさ辛さ悔しさの深さを分かろうともしなかった。
嗚咽と慟哭で、悔恨も懺悔もすべて流してしまいたい。
隆吉は想像する。
鎮夫の自ら命を絶とうとした瞬間を・・・。
孤独に死んでいった彼の様を思い浮かべると全身が劫火で焼かれるような気がした。
鎮夫は親戚の押し入れの中に1人篭り、短刀を喉元に突いて亡くなった。
赤い鮮血。
苦しみもがく。
苦しさ悔しさ理不尽。
血溜まりに崩れゆく友。
なんで?
馬鹿な事をなんでした。
俺とお前はこれから・・・。
ずっとずっと。
赤い海に静かに沈んでいた親友を思うとやるせなさが全身を襲う。
怒りの矛先はひとつ。
学校を燃やしたい。
こんなとこ灰になればいいんだ。
隆吉は、はたと気づき立ち上がった。
会わなくては。
あいつを俺がみてあげないと。
さみしかったろ。
いまいく。
「馬鹿野郎っ!くらすっぞ!こらぁぁぁ!」
隆吉は教室で力一杯悪態をついて叫び、学校を飛び出した。
はちきれんばかりの気持ちを抑えられず、掘割の岸辺小道で何度も転びながらも、隆吉は息を切らせて全力で走った。
友の親戚ん家に着くなり、彼は中へと飛びあがり、物言わぬ鎮夫の骸をみてまたむせび泣いた。
畳に爪をたてて悶えていると、いつの間に指先から血が流れていた。
ながいあいだずっと。
ずっと、友のことを考え続けた。
「隆吉君、そろそろ」
鎮夫の父がそう言うと、
隆吉は黙って頷いた。
(俺は生きてやる。お前の分まで生きて・・・生きぬくぞ)
戸板に彼の骸を乗せる。
思ったより軽い、隆吉はそう思った。
ひとのいのちは一瞬で光輝き消える。
彼の父が親戚の連中にひたすら謝りお礼を告げている。
(お前、お父さん、こげん頭さげて謝っとるぞ)
隆吉は心の中で彼にそう言うと、不思議と思わず笑みがこぼれた。
「じゃ、行こうか」
「はい」
2人は、戸板を持ち上げ、彼の家へと歩いた。
野道を何も言わず歩く。
傍らに咲く黄色いタンポポの花が春の訪れを告げている。
隆吉はその可憐な花が真赤にみえた。
まるで・・・。
まるで・・・。
欄干橋に桜が舞う頃。
・・・。
・・・。
親友の死よりほどなく、隆吉は電車へと飛び乗った。
郷里への思いはあるにはあるが、実にせいせいとした心持だ。
卒業試験でカンニングの疑いを密告された彼は、弁解の機会も与えられず、教師から一方的にそうと決めつけられた。
その刹那、彼の腹は決まったのだった。
積年の思いもあり、両親にも何も言わず家を飛び出した。
出奔。
後ろめたさはさらさらないと自分に言い聞かせる。
行く先は東京・・・。
希望が未来がきっとそこにある。
車窓から離れ行く故郷の町並みを見ながら、隆吉は親友に思いを馳せた。
書こうとは思っていましたが、なかなか踏み出せずにいました。
よかった。
読んでいただき感謝です。
参考文献および資料
「ふる里の話をしよう」 原達郎著 柳川ふるさと塾
「日本史辞典 第二版」 高橋光寿・竹内理三編 角川書店
ウィキペディアなど。