表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恐怖症

作者: エチュード

 小学生だったある日のこと、友達と何人かで遊園地へ行った。色々な遊具があったが、ふと見上げると観覧車が目に留まった。中に乗っている人達が、楽しそうに手を振ったりしていた。そこで、私達も乗ることにした。

 ワイワ騒ぎながら乗り込んだのは良いのだが、動き始めて次第に上がって行くにつれて愕然とした。どういうわけなのか、少しも楽しくない。と言うより何だか怖い。こんな筈ではなかった。何が、どうして怖いのだろう?友達は皆大喜びではしゃいでいるのに、私一人全く楽しめない。楽しむどころではない。どんどん怖くなる。外を眺めれば、普段は見る事のできない景色が見える。それなのに、見れば見るほど怖くなるのだ。

 一人だけ顔色が青くなっていたと思うのだが、幸い友達に気づかれることはなく、地上に降りた時は命拾いをした思いだった。あの時が、高い所に対して怖いという意識を持った初めての時だった。高い所があれほど怖いものとは、想像もしなかった。しかし、その恐怖心がどこから来ているのか、あんな箱の中に居て何を怖れることがあるのか、その点については全く解らなかった。それに、あの日以前にも高い場所へ上がった事もあると思うのに、怖いと感じた記憶はなかった。

 それでも子どもの頃の事なので「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、いつの間にかあの怖さを忘れてしまい、その後も何度か観覧車や他の高く上がる遊具に乗っては、その度に愕然とした。そして、ああそうだったと、恐怖の内に後悔するのだった。

 性懲りもなく何度も観覧車に乗ったのは、一つには恐怖の正体が解らなかったからかも知れない。皆が楽しんでいる場所で、自分は何故恐怖を感じなければならないのか?その答えが見つからなかった。遊園地の乗り物も色々あるが、グルグル回るものは目が回るし、高速だと高い場所とはまた別の怖さがある。そんな私には、観覧車が最適だった。それでつい乗ってしまうのだが、その際には微かにだが、いつもいつも怖いとは限らないという気持ちも、何処かにあったような気がする

 実際に乗っている時に、何故怖いのかについて考えてみたこともあった。わざと外を眺めてみて、怖いと感じるのは気のせいだと、自分に言い聞かせたりもした。言い聞かせているほんの一瞬だけ、恐怖が去ったこともあったが、それはすぐに戻って来た。やっぱり怖い。そんな風に何度か高い場所に挑戦したが、怖さがなくなることはなかった。

 高所恐怖症という言葉があるのを知ったのは、いつだっただろう?そして、自分もその内の一人に数えられると認識したのは…。はっきりとはしないが、自分が人一倍高い場所が苦手であることは、成長するにつれて徐々に分かってきた。それでも、何故高い所に上ると怖いのかについては、依然として理解できなかった。

 Wikipediaによると、高所恐怖症の原因として、遺伝的要素や過去のトラウマや経験、神経系の過敏さなどが挙げられている。私の妹も高い場所は苦手だが、私ほどではない。多分世間の多くの人と同じ程度だろう。だから、遺伝とは言えないのではないだろうか。また、私にはトラウマになるような経験はなかった。そうなると神経系の過敏さというやつなのか。ともかく自己流の分析では、自分が高い場所に居ることを、殊更考えてしまうからではないかとも思える。それに、高所恐怖症というくくりから外れる人でも、誰でも彼でも高い所が平気な訳ではないだろう。程度の差こそあれ、多少は怖さを感じる筈なのだ。

 旅行などでは、ロープウェイに乗る行程が、組まれていることがある。一人旅や家族とならまだしも、友達や仲間と何人かで一緒に行動をする場合には、(高所恐怖症だと知らせていないせいもあって)お付き合いで乗らないわけにはいかないこともあった。それで、仕方なく乗ることになるのだが、他の人達が窓の外に広がる綺麗な紅葉などを愛でている間、外の景色ができるだけ目に入らないように、一人ゴンドラの床を見つめて居なければならない。そんな行動を見て初めて、私が高い場所が苦手だと気付いた友人もいた。ある時に乗ったロープウエーでのこと、やはりゴンドラの床を見つめている私の視界に入って来た同乗のお客が、同じように床を見続けているのを発見したことがあった。見知らぬその中年男性に、同病相憐れむ的な気持ちになったのを憶えている。

 困ったことに、ああいうものは必ず行きと帰りがある。ロープウエーで行ったなら、ロープウエーで戻らなければならない。だから試練も二倍になる。

 しかし、世の中には私よりももっと酷い恐怖症の人がいるらしい。例えばたった1メートルの高さでも、恐怖のあまりパニックになる人もいるという。私の場合、スキー場のリフトや山登りのリフトは大丈夫なので、数メートルくらいが限界かと思う。また、自分が高い場所に居なくても、他人が居るのを見てゾワゾワする人も居るようで、これは私もそうなのだが。

 なんでも、世の中には高い場所が好きな人もいるらしい。ちょっと考えられないのだが、高所で仕事をしている人などは、そういう人達なのだろうか。いずれにしても、自分とは違い過ぎて尊敬に値する。

 仕事で必要に迫られている人は別にして、仕事でもないのに考えられない行動をする人たちもいる。バンジージャンプというものをテレビで初めて見た時、正直なところ信じられなかった。あれを考えた人や、それをやる人達は、同じ人間とは思えない。仕事でもなく、娯楽であんな危険な遊びをするなんて。しかもお金まで出して。

 住居にしても、タワーマンションの高層階が人気らしいが、私の場合は当然ながら希望しない。我が家という最も寛げる場所が、地上から遥かに離れた場所にあるなどと考えたら、落ち着くことも安心することもできない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ