◇3-1 遭遇
「あ」
放課後。
明日の授業に使う備品を探しに保管庫へと移動中。
ヴァルターの目は、前方からやってくる三名の魔法科教員を捉えた。
魔法学科長のラドリアンヌ・ドリエルチェ──とその仲間たちである。
真ん中を歩く、派手な刺繍のローブに身を包んでいるのがドリエルチェ。
癖の強い黒髪で顔の右半分を覆い隠した髪型と、きつめの厚化粧が特徴的な女魔法使いだ。
魔述式演習を担当する魔法使いであり、現在は副学園長の立場にある。
女性に歳を聞くのは失礼──とのことで年齢は非公開だそうだが、間違いなく五十は越えている。
その後方を固めるように歩くのは、歴史学担当の若い女性教師と、媚び諂うような笑みを浮かべる老年の男性教師だ。
しまったな、と思ったがもう遅い。
曲がり角もない一本道の通路では、踵を返して立ち去るには印象が悪すぎる。
まあ、元より印象が良かった地点など無いのだが。
魔法学科の教師にとって、ヴァルターの存在は目障り極まりないようだ。
王立魔法学園を卒業した正当な魔術師ならともかく、何処から拾ってきたかも分からない野良の魔術師なんて気に食わないのだろう。
学園長から雇われた正式な人員ではあるものの、ヴァルターの経歴は教職員にも共有されてはいない。
それは学園長の意向でもあるが、ヴァルター自身の望みでもあった。
アフィスティア・ヴァン・ヘルエスは、確かに三賢者の一人だ。
だが、彼女は魔術師か魔法使いか以前に、ヒトとして悪評が立ち過ぎている。
魔法学科の人間などは、アフィスティアの名を聞いた時点で拒否反応を示すだろう。
それどころか、いつぞやの暗黒時代の如くヴァルターを処せと騒ぎ出すやもしれない。
全く、離れていても近くにいても厄介な師匠である。
軽く頭だけ下げて擦れ違おうとしたその時。
ドリエルチェはわざとらしく、派手なローブの袖で口元を覆った。
「あら嫌だわ、なんだか獣臭くなくて?」
「まあ、本当。下劣で醜悪な空気が漂っていますね」
「いやはや、いやはや……全く見苦しい……」
粘り気のある甲高い声に追従して、若い女性教師と老年の男性教師が言葉を重ねる。
忌々しい、とでも言いたげに目を細めるドリエルチェに答えることなく更に足を進めると、鋭い声が後方から飛んできた。
「ちょっと! お待ちなさい! 下劣な非人族は、挨拶も出来ないのかしら?」
なんで呼び止めるんだよボケが、というのがヴァルターの本心であった。
たった今、獣臭くてやってられんみたいなこと言っただろうが。記憶なくしたんか?
鼻がおかしい奴は頭もおかしいのか。
大体お前のそのバリバリの厚化粧とバフバフにかましてる香水のせいで匂いなんざ碌にわからねーだろボケ野郎。
と、言うのが、紛れもない本心であった。
「貴方、何処の田舎の出だか知りませんけれど、目上の者を前にした時の作法がなっておりませんわね」
「これはこれは、申し訳ありません。高貴なる魔法学科長様に、芳しき獣臭をお届けするのは如何なものかと思いまして。残り香もなく即刻立ち去るのが一番無礼のない方法かと愚行致しました」
速やかに頭を下げ、あくまでも爽やかに答えを返す。
その後も三往復ほど、嫌味を笑顔でかわしにかわす工程を挟んだところ、諦めたらしいドリエルチェは小さく鼻を鳴らした。
「全く……歴史ある学園に泥を塗るような真似を。学園長も何を考えていらっしゃるのやら」
装飾過多な扇で口元を覆ったドリエルチェは、吐き捨てるようにしてぼやきながら踵を返す。
「欠陥品の神子に、何処の馬の骨とも知れぬ下劣な魔術師まで……このままでは王立魔法学園の評判は地に堕ちてしまいますわよ。
ああ! わたくしが学園長になったのなら、こんな嘆かわしい状態を瞬く間に立て直してみせますのに……!」
聞こえよがしに嘆くドリエルチェに、取り巻きの教師が「全くおっしゃる通りです」と機嫌を取る。
「神子といえば……先ほど出来損ないの方をゴミ捨て場で見かけましたよ。ゴミを漁るのが趣味とは、今代の神子は全く使い物になりませんな」
「まあ、穢らわしい……!」
笑い声が遠ざかり、曲がり角の向こうへと消える。
ヴァルターは顔を上げると、胸に抱えていたドライの毛並みをわしゃわしゃと撫でた。
「どうしても取り巻きが居ないと駄目な奴っているもんだなあ」
呑気な声で呟き、脳内の要らないもの領域に記憶を放り込──もうとして、ひとつ引っかかる言葉を拾い起こした。
「……そういや、なんか気になること言ってたな」
聞き間違いかな?
そう思いつつも、ヴァルターの足は自然とごみ収集所の方へと向かっていた。
ちょうど、先ほどの三人が歩いてきた方向だ。
集積所の近くを通るから、見かけたというのも今の話ではないだろうか。
辿り着いた集積所には、確かに見覚えのある銀髪の少女がいた。