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◇2-1 初授業



 魔術は、理論上は周囲に魔素を変換できる存在──つまりは人間がいれば使用できる。

 だが、殆どの魔術師は、基本的には使い魔を連れている。

 人間から魔素を借りる行為は、非常に高度な技術が必要な為だ。


 人間が持ち合わせる魔素は千差万別だ。

 だからこそ、魔法使いも学園に通って自分に合った魔法の使い方を学ぶ。


 本人ですら何年もかけるほど難しいというのに、借りる側の人間が使いこなすのは殆ど不可能だ。

 発動のための魔術式の見極めは非常に困難で、大抵の場合、魔術は発動しない。


 それに比べて、小型の魔物は魔素の変換効率はヒトに劣るものの、その質は純度が高く扱いやすい。

 安定した人気どころは、魔猫、魔兎、魔犬、魔鳥あたりか。

 ヴァルターの場合も、普段は三匹の魔兎(コネッハ)を使い魔としていた。



「授業では初めまして。ヴァルター・ヘルエスです。とりあえず一年間、どうぞよろしく」


 魔法学科棟の、四学年の教室。

 教壇に立つヴァルターの両肩には、白と黒の毛並みの魔兎が、それぞれもったりと乗っかっている。


 名前はアインスとドライ。

 ハジャ湖周辺で出会ってから、もう五年の付き合いになる。

 ちなみにもう一匹、ツヴァイという名の茶色の兎がいる。

 だが、おねむだったので研究室でお留守番だ。


「学園では魔術科の授業が入るのは三年生からだったかな。まあ、引き継ぎで前年度の先生から何やってるかは聞いてるから、まずは穴抜けがあったところを埋めていく感じで行きます」


 ヴァルターはあくまでも淡々と、当たり障りのない態度で授業に入った。

 教壇を見る生徒たちの目は、大半が懐疑的なものだ。


 何をどう取り繕ったところで、ヴァルターは『教師』と見るには若すぎる。

 支給された教員用の刺繍が入った長ローブも、借り物のようにしか見えない自覚はあった。


 そらそうだよな、と内心同意しつつ、ヴァルターは生徒たちの視線を受け止め……ることは特になかった。

 敵意の混じった視線など、適当に受け流すのが最善だろう。


「始める前に聞きたいんですけどー」

「なんですか、エルナンドさん」


 教卓の上に置いた教科書を開こうとしたところで、一人の男子生徒が声を上げた。


 彼の名はアンディ・エルナンド。

 貿易で名を上げた商家の生まれで、金髪碧眼の端正な顔立ちをした少年だ。

 成績は座学が中程、実技は上位に入る。


「失礼ですけど、先生(・・)? 僕たちと同い年の先生が、一体何を教えられるって言うんですかね」


 にやつきながら首を傾げるアンディの周囲で、取り巻きと思しき女生徒たちが小さく笑う。


 エルナンド家は、近々貴族籍を買うとも噂されている。

 学園内でも上位層に位置する男子生徒であるためか、彼に追従する生徒は多いようだ。


 学園内で目立つ生徒に関しては、ヴァルターもとりあえずは頭に入れている。

 アンディ・エルナンドは、その中でも大分面倒な生徒ではあった。


 初回の授業で噛みついてきた生徒は、別にアンディだけではない。

 三学年と、六学年に一人。

 多分、明日の五学年の授業でも一人はいるだろう。

 なんだ? 示し合わせてんのか?とでも聞いてやりたいくらいだ。


 クソめんどくせえな、を笑顔の下に押し込んでから、ヴァルターはゆっくりと教室内を見渡した。


「皆さんは、魔法と魔術の違いは知ってますよね?」

「神に与えられし才能を持つ特別な存在と、その栄光を横から掠め取る盗人だろ」


 アンディのせせら笑う声が響く。

 彼の取り巻きらしい女子生徒が、媚びるように同調し、小さな笑い声を重ねた。


 ヴァルターは笑顔のまま、あくまでも優しい声音で続ける。


「魔法は先天性の才能を磨いて得られる技能で、魔術は条件さえ整えば後天的に会得できる技術です。

 まあ、どちらも力量については才能という残酷な区分けが存在する訳ですが……」


 変換機構を持つ存在は、どれだけ弱くともとりあえず魔法が使える。

 魔術も同様に、理屈を学びさえすれば弱い魔法は誰でも使える。


 両者とも、そこから先の結果は、研鑽と才能によって齎される。

 魔法であろうと魔術であろうと、方法は違えど何も変わらない。残酷で平等な真実だ。


 まあ、魔術に関しては、血反吐を吐く思いでなんとか頑張れば、少なくとも人並みにはなれるが。

 その根性がある者が学園に居るとは、ヴァルターにはちょっと、思えなかった。


「私に教えられることがあるとすれば、魔術という後発的な技術と、それによって貴方がたの魔法の技量を更に磨くこと、でしょうかね」


「はあ? 僕らが魔術なんか習って何になるんだよ。去年は碌に役にも立たない、説教くさい話を聞かされただけだぜ」


「そうですか。なら、今年は役に立てそうで何よりです」


 ヴァルターは笑顔のまま、とりあえず、アンディ(・・・・)の魔素を(・・・・)使って(・・・)魔術を行使した。

 浮かび上がった白墨が黒板を滑り、本日の授業内容と重要語句を記載する。


「……はあ、なるほど。態度は悪いが魔素は悪くねーな」


 小さなぼやきは、教壇からでは最前列の机にも届かなかった。


 魔述式の展開を見たアンディが、机を叩く勢いで立ち上がる。


「なっ……! 他人の魔素を勝手に使えば罰金刑だぞ! この犯罪者!」


「その法律があるのは風の国(アシェット)だけですし、そもそも学園内では教育のために特例で許可されていますよ。校則にも記載があります」


 魔術師が他の魔法使いの魔素を使うことで罰せられるのは、アシェット国のみである。


 水の国ミルーラは博愛を謳っている為、魔素を借りる行為はなんら罪には当たらない。

 土の国フィデルでは、使われるような未熟者の方が悪い、とされている。

 火の国ポルシィではそもそもが剣の腕こそが優先されるため、一々取り合われない。


 無論、魔術を使った犯罪行為ともなれば別の話だが。


 アシェットだけが、いつまでも魔術師への差別を捨て切れないのだ。

 魔族と最も長く戦い、最初に喚び出された名誉ある(・・・・)聖霊が守護する国であるが故に。


「自身の魔素で構築された魔術を参考にすれば、魔法学科の方々の技術向上にも繋がります。

 事実、フィデルは魔術と魔法の両分野を伸ばすことで目覚ましい発展を遂げました。

 魔術と魔法が共に高め合う、というのが学園長の目指す学園の在り方だと私は考えています」


「はあ? 魔族擬きと過ごしてやってるだけで有難いと思って貰わなきゃ困るね」


 学園長は、魔術師への差別を軽減するつもりで呼んだ──筈である。

 ヴァルターもまあ、そのつもりで来た。一応。


 が、ヴァルター・ヘルエスは、生来割と沸点が低い男である。

 表情と口調だけ誤魔化したところで、その下に在る性根はそうそう変えようがない。


「あれ? もしかして、この学年の生徒は歴史学の授業単位が足りていませんか?

 双生記1799年。非人族奴隷制度が撤廃となりましたよね。非人族は、長らく魔族と同じ存在だと思われていたので人権がありませんでした。

 それが見直されるきっかけとなったのは、ある魔法使いが洗脳魔法によって一人の非人族に人肉を食わせて(・・・・・・・)、魔法を行使出来るか試した事件です。

 結果として、魔法は発動しませんでした。魔族とは違ってね。


 魔族とは、魔素を生成出来ない為に人間を食らって魔法を行使する存在です。


 非人族は変換機構を持たないだけで、人族と何ら変わりない身体構造をしています。

 大陸の法は、変換機構を持たぬ存在を正しく『ヒト』と認めました。これは魔法第一主義の神殿に置いても同様です。


 つまり魔術師を魔族擬きなどという浅い認識で嘲っている時点で、『私は勉強不足です』と公言しているようなものなんですよ。


 ただ、皆さんの反応を見る限り、クラス全体が不勉強な訳ではなさそうですね。

 ああー、そういえばエルナンドくんは座学は補修も受けてたんでしたっけ。それじゃあ知らないのも無理はありません。

 当然ご存知かと思いますが、アシェットでもようやく法整備が進みまして、いつまでも魔術差別なんてしていたら貴方たちが笑われるんですよ。


 四学年の皆さんは、私と同い年ですよね?

 流石に子供とも呼べない歳ってことですよね。


 学園長先生も、現状を憂いて私を呼んだ訳です。

 真面目に取り組むつもりがないなら、地方の魔法学校に移った方が有意義に過ごせるんじゃありませんかね」


 王立魔法学園を卒業することは、正当な魔法使いとしての証明である。

 地方の魔法学校は、あくまで経済的あるいは身体的になんらかの支障のある生徒の為に用意された、補助的な学舎でしかない。


 眉を吊り上げて口を開きかけたアンディを、ヴァルターは笑みの一つで制した。


「そもそも、私はあくまで雇われの身ですから。学園の教育方針に逆らいたいなら、どうぞ抗議は学務課に送ってください。では皆さん、教科書の46ページを開いて」


 受けたくない方は出て行っても結構です、とヴァルターはあくまで笑顔で告げた。

 教室内の生徒は、半数が素直に、更に残りの半数が渋々教科書を開き、最後の残りは教室から出て行ってしまった。


 まあ、四分の三残ったのだから問題はないだろう。


 とりあえず、欠席記録取っとこ。

 ヴァルターは立ち去った数人の名前だけ書き留めてから、努めて穏やかに授業を開始した。



    *   *   *



 さて。

 研究室に戻るなり、ヴァルターは貼り付けていた笑みを取っ払った。


「あ!? 何だあれ!? すっげえムカつくんだが? 一発ぶん殴れねえかな!?」


 膝に乗せた使い魔たちを撫で回しながら、端的に吐き捨てる。

 防音魔法を施しているので、間違っても外に漏れることはない。

 思う存分、喚いておいた。


「うぉおお、なんで、なんで引き受けたんだ俺! クソッッ! めんどくせぇ〜!! 全〜〜部魔術で吹っ飛ばしてぇ〜〜!!」


 ほんの一月前の己の判断を後悔するも、もう遅い。

 学園での教員として、契約は既に結んでしまった。

 ヴァルターは少なくとも一年は学園で働かなければならない。


 だがしかし、始まってすぐでこれだ。

 いつかブチ切れて、校舎を破壊して出て行ってしまうかもしれない。


「聞けよアインス、他学年はまだマシなんだよ。四学年がクソすぎる。十六歳クソ年代説かな? 俺もいるから立証だな、ワハハ」


 くたばれ、と再度吐き捨てる。

 アインスとドライとしばらく遊び、お尻の辺りに顔を埋めて、なんとかストレスを発散する。


 自分も、と言うように寄ってくるツヴァイも撫でてから、ヴァルターは苛立ちをぶつけるように、次回授業の資料を開いた。



     ◇ ◆ ◇



「おお……すっげえ抗議文の嵐……」


 教師生活一週間目。

 魔術学科棟に与えられたヴァルターの研究室には、既に山のような抗議文が届いていた。


 学科に限らず、王立魔法学園(メーティス)には様々な出自の者が通っている。

 早速生家に連絡を取り、親経由で学園に抗議したのだろう。


 ただまあ、現状ヴァルターには学園長という最大の後ろ盾がいる。加えて言えば、師匠であるアフィスティアも。

 一年待たずにクビ、ということはほぼ無いだろう。あるとしても契約更新が無い程度である。

 元々ハジャ湖に引っ込んでいたかったヴァルターにとってはむしろ有難い話だ。


 厄介なのはやはり、初回授業で絡んできたアンディ・エルナンドか。

 加えて言えば、彼が普段連んでいる男子生徒──イサーク・イァン・イリアルテも面倒である。


 イサークは、我が国の王立騎士団長の息子だ。公爵位持ちの、紛れもない貴族様の家柄である。

 一応、学園内では身分の貴賎なく平等、とされてはいるが、卒業後を考えて横暴を許しがちなのは間違いない。

 ちなみに、剣術科にはイサークの弟が通っている。


 取り巻きの女生徒たちも、厄介なことに名のある家柄の娘だ。


 対して、ルクシュタイン姉弟は一般的な中流家庭の子供である。

 神子が産まれたことで勲章を得てはいるものの、爵位に関しては扱いは平民と変わらない。

 彼らが一様にレネア・ルクシュタインを目の敵にし、優れた神子であるリディア・ルクシュタインも軽んじているのも、この辺りの理由もあるのだろう。


 王立魔法学園(メーティス)はその起源が神殿に由来する。

 双生教(メリソス)を教典とする彼らにとって、魔族を思わせる性質を持つ魔術師は、忌むべき存在でしかない。


 情勢を鑑みて魔術学科を設立したはいいものの、歪な学園生活では、魔術師は肩身の狭い思いをするばかりだ。

 何せ、魔術師には就職先を保証した独立した学舎で教育する場を作れるほどの立場も無い。


「この有様が数年でどうにかなるとは思えねえけどなー」


 根強い差別意識があっさりと変わったりする訳もない。

 そんなことができるなら、とっくにヴァルター以外の偉大な魔術師がそうしているだろう。


 はっきり言って投げ出したい。

 だが、最高位の魔法使いの顔に泥を塗って逃げる……というのは流石に如何なものかとヴァルターでも思う。

 十六の小童を起用した程度で、そこまで劇的な変化を望まれている訳でも無いだろう。


 学園長がどうにかして欲しいのは、恐らく〝神子〟の片割れだ。

 大陸における『特別』を表す、双子の片割れ。


「レネアとリディアね……」


 魔法の使えない姉に、魔術を覚えさせて欲しい──というのが学園長の目論見か。


 例えば、『神子』の片割れが優れた魔術師となり、四大国合同の魔法大会で優勝でもする。

 そうなれば確かに、風の国アシェットでの『魔術師』の地位向上と印象改善に繋がる筈だ。


 神に愛されているから魔法が使えるというならば、魔術を使ってお咎めなしな時点で、神の愛とやらはそれを許容したのだ。

 神罰が下ってない時点で、魔術だろうと魔法だろうと、文句を言われる筋合いはない。


「そもそも変換機構(ラーべ)を持たない人間の出生率が上がっているのなら、もはや人類自体が『だんだん神に愛されなくなってますね』という話になりませんかねー」


 ならないんだろうな、とヴァルターは半目で天井を見上げた。

 残った変換機構を持つ人間は、『神に愛されし特別な我ら』を自負することだろう。


 パスクアル学園長は、恐らくもっと先の、ずっと未来の『魔法使い』を案じているのだ。


 このまま行けば、魔法はいずれ少数派となり、魔術の方が広く使われるようになる。

 その時、魔術師と魔法使いの間に修復不可の確執があればどうなるか。


 今の状況が続けば、必ずや人魔大戦の二の舞だ。


「……ま、勝手にやってろって話だが」


 ヴァルターにとってはどうでもいい話である。

 師匠の手紙さえなければ、だが。


「ただまあ、この逸材が神子ってだけで埋もれるのは……流石に見過ごせねえわな」


 レネア・ルクシュタインは入学以来、座学の一位を取り続けている。

 並大抵の努力で出来ることではない。


 何より、過去に提出されたレポートを見れば、彼女がどれほど魔法を愛しているかは理解出来た。


 ヴァルターが嫌いなのは『魔法使い』であって、魔法ではない。

 魔術も魔法も、発動のプロセスが異なるだけで本来は同じ、〈生命の息吹(プラーナ)〉によって奇跡を起こすものだ。

 これまで在ったものが、姿を変えて続いていくだけでしかない。


 その程度すら理解しようともせずに踏ん反り返っているものだから、割と頭に来てしまった。

 ただ、まあ。不必要に煽ったのはよろしくなかっただろう。


 『借りた力』を我が物顔で使うことの心象がよろしくないのは、ヴァルターとしても分かる。

 人間に宿った魔素を許可なく借り受けるのは強奪でしかない。

 それをこれ見よがしにひけらかしたところで所詮借り物、と誹りたくなるのも分かる。


 たとえ、生成した魔素を上手く使えるのはヴァルターの技量あってこそだとしても、だ。

 勝手に使われたくねえなら防げる術を身につけときゃいーんじゃねえですかねー、と言いたくなったとしてもだ。


 そもそも、ヴァルターは人間由来の魔素を使う力量はありつつも、普段は使い魔からの供給のみで魔術を行使する。

 大嫌いな魔法使いの魔素より、可愛い使い魔の魔素の方が使ってて嬉しいに決まっているからだ。


「はー、クソ。既に帰りてえ〜……」


 ハジャ湖の幻獣や魔物たちが恋しい。

 賢い子達だから、ヴァルターが居なくともきっと楽しく快適に過ごしているだろう。


「うーん、寂しい……」


 何か癒しが欲しい。

 とりあえず、休日になったら釣りスポットを見つけよう。

 ヴァルターは静かに決意した。




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